最悪で最高な免許合宿のおはなしのくに

付き添いで免許センターに来ている。クーラーの効いた車内から場内コースを見つめていたら車の免許にまつわる記憶が蘇ってきた。

 

これからヤバい免許合宿のおはなしをしようと思う。

f:id:uminekoblues:20190511151735j:image

このところ交通事故による悲惨なニュースが目立ち、高齢者の免許返納が問題になっている。

返納に至らない背景には、交通の不便や身分証としての役割、はたまた自分はまだ運転できるというプライドなど複数の理由が考えられる。その中にも「あんなに苦労して取ったのに」という気持ちは少なからずあるのではないだろうか。

 

自動車免許を取るだけでも、ある程度のお金と時間が必要になってくる。お金がなんとか工面できたとしても、いくらお金を積んだところで取得にかかる時間を極端に短縮することはできない。

 

その点、大学時代の数年間は車の免許を取るためにもってこいな期間である。一ヶ月を超える休みが何度も訪れる。

ただ、大学生にとって免許のために長期休暇を犠牲にするのはとてつもなくリスキーなことだ。教習所に通う形をとれば、融通は効くものの、混雑してなかなか受けられない講義も出てくる。効率が悪い。一方、合宿免許は通いよりも割安なのが利点だが、約二週間もの連続した期間を費やすのはかなりしんどい。その間バイトに入ることもできず、魅力的なイベントの数々に参加することもできないのだから。

 

 

 

大学四年生、ようやく就職先が決まったわたしは慌てて教習所を探していた。

数ある長期休暇をあれこれ理由をつけてはパスしてきたわたしは、チェックリストの「免許取得」を消化しないままここまできてしまった。大学生で居られる時間もかなり限られている。金銭的にも時間的にも選択肢は免許合宿の一択しかなかった。

 

「今すぐ取りに行けるところならどこでもいい。」

 

近隣の有名な観光地に合宿でできたお友達と遊びに行く…とかそんなオプションなどを選ぶ余地などない。呑気なことは言ってられない。時期も時期だったので、なかなかすぐに申し込める教習所がない。とにかく空きがあるかひたすら電話をかけまくった。

 

そしてようやく、オペレーターから「キャンセルが出ました。」との返答が。わずかな希望がここにあった。

 

「しかし、寮は相部屋になりますがよろしいでしょうか?」

 そもそも一人で申し込んでいる時点で、そんなの気にしていない。有無を言わさず答えはイエスだった。

 

「全く問題ありません!今すぐ申し込ませてください!」

すぐさま、指定された口座へなけなしの金を振り込みに行った。

 

 

 

 

直前のキャンセルで、合宿の開始はすでに一週間後とかそのくらい目前に迫っていた。

旅の支度は慣れている。40ℓのバックパックandymoriのトートバッグに衣類など必要なものを一通り詰め込んで、合宿所の最寄駅まで2時間くらい電車に揺られた。

 

構内にはちらほら大きなスーツケースを抱えた同年代くらいの人が数名いる。その人たちも同じく免許合宿のために来たのだろうと検討がついた。勢いで申し込んだものの、どんな人と相部屋になるのかもうすぐ分かると思ったら、少しドキドキしてきた。

 

  

 

集合時間に到着したスクールバスに乗り込む。合宿の同期になったのは8人くらいだった。そのうち女子はわたしを入れて4名。大学4年生の美大生2人と高校生1人だった。

  

駅でさえ十分に田舎だったが、さらに人通りの少ない田舎町へ数十分かけてようやく教習所へ到着した。バイト先の後輩が通っていた綺麗な教習所とは程遠い、ボロい施設だった。「入所」という表現があまりにも相応しい。

まともな待合室などはなく、革のボロボロに破けた古いベンチがたくさん置かれているスペースがあり、男の子や通いらしき高校生たちがわちゃわちゃしている。奥にはなぜか免許合宿の女の子用に6畳+2畳くらいの小さい和室があった。

 

 

寮は教習所からかなり離れたところにあったのだが、私たちが入所する前に寮生が酒を飲んで暴れ、退校処分になる事件があり、それを機に掃除のおばちゃんが行方不明だという話を聞いた。かなりヤバイ時期に来てしまった。案の定、わたしの部屋も入居者が出て行ったきりで掃除のされていない状態だった。私と相部屋になったのは同期の高校生で、8畳くらいの洋室に3つベットパットが置かれていた。かろうじて新しいシーツやカバーが置いてあったものの、一つのベッドには前の入居者のものであろう経血がシミになっていたり、髪の毛が付いていたり、吐き気すらもよおすレベルであった。事件を起こした男子寮がどれだけ最悪な状態だったのだろうと想像するとゾッとする(男子寮は離れたところに別にあったので内情はわからない)。

 

 

行方知れずの掃除のおばちゃんの代わりに、送迎もしてくれていた教官が掃除に来てくれたが、あまりにも不憫に思った(かなりオーバーワークだった)ので、高校生と二人で掃除用品を買い足し、まずは自分たちの住処を綺麗にするところから免許合宿は始まった。

 

 

私たちの前のクールと後のクールにもそれぞれ高校生や大学生たちが入所していたのだが、女子の集団があまり得意ではない私にとって自分の同期はかなり当たりクジだった。程良く自分のワールドを持っていながらも、わずかな協調性を持った常識人たちだった。教習所から寮までの道のりに線路をくぐるアンダーパスがあり、その土地の名称をもじり同期の名称は「〇〇アンダー」となった。 

 

 

気の利いた食堂などはなく、食事はHotto Mottoの弁当が一日3回(お昼はおにぎりと味噌汁飲み)出るだけだった。栄養の偏りが半端ない。早朝に寮までバスが迎えに来てからは教習所に一日缶詰めで、徒歩圏内にスーパーやコンビニなどもないため、毎日寮に帰ってから近くのコンビニにめかぶやゆで卵などを補充しに行っていた。教習所内の奥の和室には小さな冷蔵庫があり、各々当日必要な分だけを持ち込み、授業に参加したり、和室で昼寝をしたりして夕方のバスまでの時間を過ごしていた。 

 

 

 

THE 田舎の教習所は教官も押し並べて田舎感がもろに出てしまっていた。鈍りすぎて言っていることがよく聞き取れないおじさん、笑顔の可愛らしいおじいちゃん、ほとんどサングラスに近い茶色みのかかった眼鏡をかけリーゼント気味に髪を固めるオヤジ、学科を主に担当していた中学校の理科の先生に居そうな人、背が低くて人懐っこく生徒に人気だった教官、etc……。 女子部屋では誰が当たりで誰がハズレ、「今日は〇〇さんだった〜!」「当たりじゃん羨ましい〜!」みたいな会話が日々繰り広げられていた。

 

 

ある日は寮への送迎もしてくれている温和な教官に当たった。生徒からも人気で「〇〇ちゃん」と呼ばれていた気がする。普段はかなりお疲れモードだったが、どうやら教官モードだとスイッチが入ってテンションが上がるらしい。路上教習の途中で信号待ちをしている間、道端に鳥が何羽も止まっているのを二人で見つめていた。「生まれ変わったら鳥になりたいよね〜」と〇〇ちゃんがボソッと呟いたことが忘れられない。完全にスイッチがオフに入っていた。義姉(兄嫁)があまりにも鬼嫁すぎて、僕は結婚に希望を持てないからずっと一人でいいんだ、と話をしてくれて悲しくなった。

 

 

毎日3食弁当生活にも慣れ、教習も後半に差し掛かってきた頃、とあるおじさん教官に当たる回数が増えた。元警官だったそのおじさんは他の教官に比べてもかなり厳しかったが、教習を終えればただの優しいおじさんだった。その教官が毎朝教室の掃除をしていると聞き、翌日相部屋の高校生と顔を出しにいった。

 

 

そのあとすぐにその教官に当たった。急にプライベートな話題を持ち出すようになり、かつて生徒の女の子と恋愛関係になったという話をし始めた。掃除を手伝いに行ったことを好意的に受け止められていたらしく、どんどんその矛先は私に向いた。その日はいつもはしていたマスクを外していたため、「〇〇さんはマスクを外したらそんなに綺麗な顔をしているんだね〜」とか言われて、もう気持ち悪すぎて早く教習所に戻りたかった。

「は〜」とか「へ〜」とか「そうなんですか〜」と適当に話を聞き流しているうちに、どんどん話はエスカレートし、デートをしようとか、この教習が終わっても俺が大学に迎えに行くとか言い始めた。教官と一対一の路上教習で、いつの間にか私を下の名前で呼び捨てにし始めた。教習車とはいえ密室の中で、おじさんと二人きりの恐怖をこれ以上に感じたことはなかった。

 

 

教習所に戻ってすぐ、同期の〇〇アンダーへ一連の出来事を報告し、外のトイレに行くにもその教官と鉢会うことのないよう見張って貰うなどして、なんとかまともに顔を合わさずに済んだ。あからさまにその教官を避けるようになったので、仮免許に書かれた氏名も住所を悪用されたらどうしようと不安になったが、事なきを得た。有段者の貫禄が出てるのか、はたまた筋肉質でおケツが硬いからか、痴漢などにも一度もあったことがなかったので私的にはかなり衝撃的な出来事だった。そして、教官が男性だらけだと気軽に相談もできないものだなと実感した。(男女差別抜きに、セクハラ相談窓口は女の人じゃないとろくに利用できないと思う。)

 

 

 

免許合宿最終日、〇〇アンダーは全員無事に卒業検定を合格し、目出度く出所することができた。地元に戻り、免許センターで本試験に合格して念願の免許証を手に入れた。

 

 

 私の免許取得までの道のりにはお金と時間、それ以外にもかなりの犠牲を払った。その分、大事に大事に使い、しかるべき時が来たら後腐れなくすっぱり返納したいと思う。

 

 

掃除のおばちゃん行方不明事件や変態おじさん騒動、一日中教習所に缶詰めになっている間に〇〇アンダーの団結力は想像以上になっていた。それぞれ自分たちの生活に戻ってからも、金沢へ旅行したり、横浜へ遊びに行ったりした。同室だった高校生は、専門学校を卒業し、当時から夢見ていた職に無事に就けたことを報告してくれ、わたしが引っ越すときにはわざわざ引っ越し祝だといって花束をプレゼントしてくれた。

 

 

この免許合宿から、私は「安い免許合宿は何かしら欠点があるから気をつけろ」と「試練は人の仲を深める」という二つの教訓を得た。これから免許合宿に挑もうとしているそこの大学生が仮にこれを読んでいるとしたら、今一度教習所選びを一から考えて欲しいと思う。

 

 

 

 

先日「おはなし」というワードが出た時、夫が急に「おはなしのくに〜♪」と高らかに歌い始めたのだが、ギリッギリその世代でないらしくわたしには全く共感ができない。共感ができない上に、その『おはなしのくに』のOPが脳裏に焼き付いてしまったために、四文字のワードが出る度に歌わないと気が済まない体になってしまった。たけのこのくに〜♪ 華麗にコースアウトしてこの話を締めくくりたいと思う。

 

写真:著者撮影(iPhone6を使用) 


おはなしのくにOP