駄作チョコレートのラストチャンス

 小学生の頃から、お菓子作りには全く興味がなかった。姉は器用に市松模様のアイスボックスクッキーやトリュフ、ブラウニーなど「お菓子作り」と胸を張って言えるようなスイーツをよく作っていたが、一方のわたしはコタツでぬくぬくしながら「よくやるなあ」と思っていた。極度の面倒くさがりである。

 

バターを「溶かす」、生地を「冷やす」、という行程を一つひとつ経るのが、どうもかったるく感じられてしまい、アラサーになった今でもクッキーを焼いたことがない。結構珍しい存在なのではないだろうか。その代わりに、ホットケーキやパウンドケーキみたいに「材料をとにかくボウルに放り込んで、混ぜて、型に流し込み、オーブンにぶち込んだら終わり!」という、シンプルな行程のものならよく作る。あと、ナンとか。これも発酵はほぼなしでフライパンで焼ける、超お手軽レシピに限る。

 

 

それでもたった一度だけ、小学生だったわたしがお菓子作りに挑戦したことがある。

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バレンタインデー。当時、わたしが恋心を抱いていたヒデちゃんに渡すためだ。

 

身の回りの女の子たちのバレンタイン事情は様々で、特に「お母さんの意向」はかなり影響していた。小学生同士のチョコ交換とはいえ、すべての財源をお小遣いから賄うのはかなり無理がある。結果的にお母さんがどれだけ協力的かによって、友チョコにするのか、男の子にもあげるのか、はたまた手作りか、デパートの催事コーナーで良いチョコを買ってくるのか……三者三様なバレンタインデーが繰り広げられていた。

 

チョコレートを貰った男の子側もそうで、お母さん同士の付き合いが深い場合は、自動的にお母さんがお返しを手配する、という構図になっていた。所詮、母親同士の交流じゃん。そういうのを側から見ていたら「親を巻き込むとかめんどくせー。無理無理。」と感じられてしまい、自然とバレンタインからは距離を置いていた。「わたしはそういうの、良いんで。」みたいな雰囲気をなるべく出すようにしていた。

 

 

そんな面倒くさがりなわたしが思い立ってバレンタインに参戦しようと意気込んだのは、それがラストチャンスだと思ったからだ。小学六年生、もういくつ寝ると卒業式。ヒデちゃんを好きになってからはもう丸2年くらい経っていた。元々下の名前で呼び合うほど仲良しでマブダチのような存在だったのに、四年生の時の担任が「異性を下の名前で呼び捨てにするの禁止令」を出してから、なんと呼べばいいか分からなくなって、気軽に話すこともできなくなって、いつの間にか好きになっていた。中学生になってもまだバレンタインデーが来るじゃないか、そう思われるかもしれない。小学三年生の時に新居の完成とともに引っ越し、学区外からバス通学をしていたわたしは、中学校からは最寄りの学校に通うことになっていた。これでもう、お別れなのだ。だから、最後に想いを伝えるべく、苦手なお菓子作りにチャレンジしようと決心した。

 

 

いままでロクにお菓子作りをしたことがない人間にとって、出来ることは「チョコを溶かす」「固める」の二行程しかなかった。姉や母親に相談すればよかったじゃないか。いや、そんなことはできない。「好きな男の子に渡す」という事実はひた隠しにし、あくまでも「友達の女の子に渡す」というスタンスを守り抜きたかった。とにかくわたしは昔から、パーソナルスペースがめちゃくちゃ狭いのだ。誰もプライベートに突っ込んでくれるな。親や兄弟に恋愛相談をするなんて考えられなかった。

 

結果的として、「市販のビスケット2枚で溶かしたチョコを挟む」という、なんの工夫もない駄作が出来上がった。こんなラストチャンスなのに、だ。表面がカラースプレーで装飾されているならまだマシだったが、そんな立派な発想は思い浮かぶはずがないし、そもそもスキルがない。ごまかしを効かせるために、百円ショップで出来るだけ賑やかなラッピングバッグを見つけてきて、なんとか形になった。ふう。

 

 

いざ、ランドセルに忍ばせて学校に駄作チョコレートを持っていく。ヒデちゃんに好意を寄せているというのは周りにもかなりバレバレで、どうやら両想いであることも分かっていた。友達も「わたしがチャンスを作るから!」とかなり協力的だったので計画は万全だった。しかも、本人にも「今日はシルコがヒデちゃんに渡すためのチョコレートを持ってきている」という情報がすでに伝わっていた。やめてよ。

 

 

授業が終わり、本番の放課後がやってきた。ヒデちゃんは、特に用事がないにもかかわらず、わたしからのチョコレート贈呈を待ってくれていた。でも、わたしの方は恥ずかしさがどんどん溢れてきた。どうにも止まらない。止められない。自分が作ってきたチョコレートを好きな人に渡すなんて、それだけで恥ずかしすぎて死にそう。しかも、わたしが作ったのは駄作チョコレートだ。ハート型でもなく、トリュフでもなく、ビスケットにチョコレートを挟んだだけの超駄作。ひねりなし。予選落ち確定。

 

自分のチョコレートが駄作だと思ったら、もう、渡すなんて絶対に考えられない!という気分になってしまった。だから、わたしは、逃げた。とにかく逃げた。放課後には解放された音楽室でかくれんぼをするのが仲の良いメンバーのお決まりだったので、音楽室に逃げ込んだ。そして、ドラムの置いてある防音室で作った駄作チョコレートを食べてしまった。自分で。学校でお菓子を食べるのは禁止だったけど、もしゃもしゃと食べた。ヒデちゃん、ごめん。

 

 

ヒデちゃんは、その時どんな気持ちだったのだろうか。いつの間にか帰ってしまったようだった。「残念そうにしていたかな…」とか無駄に考えを巡らせたりもしたが、そんなこと考える暇があったらもうちょっと気合い入れてチョコレートを作れよ、自分。

 

結局、ヒデちゃんには思いを伝えられぬまま卒業した。「あの時チョコレートを渡していたら」「もっと可愛いチョコレートを作っていたら」、そんなことを考えてももう遅い。中学生になってからもかなり引きずっていて、なかなか好きな人はできなかった。駄作チョコレートが口実でもいい、好きな人にはちゃんと好きって言おう。あと、ヒデちゃん、どうかこのことは記憶の彼方に忘れ去っていて。

 

 

写真:Hans BraxmeierによるPixabayからの画像