人間関係の雪解けには日にち薬を

「3年間」に大きな意味合いを感じているのは、わたしだけだろうか。

6年・3年・3年……義務教育が3の倍数で続いていくことから、自然と染み付いたものなのだと思う。3年間で次のステージにあがる、というイメージが強い。「3年は我慢」というのはきっと、昔から染み付いた3の倍数に縛られているというのが大きいのかもしれない。

 

「3年は我慢」には少々の疑問を抱いているが、自分のなかでどうしても避けられない「3年のサイクル」というのは確かにある。平和な年の前には必ず「破壊」の年、しんどさを伴う一年間が来るのだ。これまで築いたものを一旦ぶっ壊す。盛大な解体作業をして、また一から新しいものを構築していくのだ。人生は幸運とトラブルの連続だ。目の前の壁に気づかないふりをして避けてばかりいたら、その分道のりは楽だけれど、きっとその先には進めない。 

 

逃げ出すように去った浅草のマンション

高校時代の友人と暮らしていた浅草のマンションを出てから、今年の春で丸3年が経つ。 

note.com

昨夏、noteにルームメイトと行った隅田川の花火大会の話を書いた。これがおそらくふたりで生活していたときの最後の綺麗な思い出で、それから半年後、わたしは逃げ出すようにルームメイトの元を去って行った。「置いて行った」という表現が一番しっくりくるかもしれない。

 

ルームメイトの周りには、まるでブラックホールのように悲壮感が漂っていて、いまにも負のオーラに吸い込まれてしまいそうだった。わたしはすでに限界だった。限界のなかでも、破壊の年をなんとか乗り越え、ようやく次のスタートを切れる兆しが見え始めていた。そのためには彼女を振り切って、置いていくしかなかったのだ。そのときは、そうするしかなかった。

 

楽しかった日々のことは遥か昔のことにさえ感じられ、自分たちが笑い合っていたことさえも幻のように感じられた。しばらくは、名前も呼びたくなかったし、写真も見たくなかった。いつかはまた話せる日が来るとしても、今はそんなことはどうでもいい。考えたくない。マンションの退去費用の精算も終わった。事務的なラインのやりとりを数往復しただけで、あっけなく終わってしまった。遠く離れた地にきて、もう思い出す必要もなくなってしまった。自分の知らないところで、元気にやっていてくれれば、それでいい。

 

サーモンピンクの訪問着とマシュマロキャッチ

人間関係を修復するためには、いくら押してもダメだ。駆け引きなんぞ、暖簾に腕押しなだけで、ただの労力の無駄でしかないとわたしは思っている。必要なのはきっと、日にち薬だ。

 

「日にち薬」という言葉を関西に来て初めて知った。関東では一度も聞いたことがない。直訳では「時間がお薬」、意訳すると「特効薬はなくて、時間がきっと解決してくれるよ」という意味だ。気持ちの問題、特に人間関係で悩んでいるときに一番効力を発揮してくれるのは、日にち薬だろう。自分たちから働きかけなくとも、自然とそういう機会はやってくる。決して恋愛に限らず、運命とはそういうものだと思う。必要とし合うもの同士は、自然と交差する運命にあるのだと思う。

 

1年前、ルームメイトと再会したのは昨年の初めに行われた共通の友人の結婚式だった。ホテルのロビーで再会したルームメイトは、サーモンピンク色の訪問着に身を包んでいた。色白の肌には柔らかい色が良く似合っていた。休みの日に着物を着て出かけるのが趣味だったルームメイトは、今回も自分で着付けをしてきたそうだ。前に会ったときよりもかなりほっそりしていて、健康的な印象を受けた。

 

再会するきっかけとなった結婚式の主役である新婦は、部活の同期だった。わたしもルームメイトも、結婚式を迎えた友人も、同じ釜の飯を食い、狭い合宿所の六畳間で雑魚寝をし、同じお風呂に浸かり、苦しいトレーニングを乗り越えてきた同期の一員だ。体育会系万歳!とか、そういうことを主張する気はないが、自分の意思で、同じ目的に向かって苦しいことを乗り越えてきた者同士には、離れても見えない絆のようなものが自然と生まれると思っている。

 

披露宴自体は同じ円卓でも、別の同期を挟んで隣だったので、軽く会話をしたり写真を撮ったりするくらいで、最低限のコミュニケーションしかとらなかった。式もお開きになり、ぞろぞろとゲストが会場を出ていく。引き出物の入った大きい紙袋を抱えて歩きながら、「久しぶりだね。元気にしてた?」と声をかけた。会場の入り口には新郎新婦や両家のご両親が並び、ゲストに挨拶をしている。新郎にプチギフトの地ビールを貰い、簡単な会話をしながらも、頭の中は久しぶりにルームメイトと喋ったことでいっぱいだった。とにかく、わたしはものすごく緊張していた。

 

 

2次会に行くため、一旦散り散りになった。部長とマネージャーが2次会の受付を頼まれていたので、ふたりと一緒に、一足お先に会場入りした。頼まれてはいないとはいえ、何もしないで座っているのも気が引けたので、受付の準備を手伝いながら時間を潰した。開場時間になり、続々とゲストがやってくる。新郎新婦は揃って教員、さらに新郎はわたしの中学の先輩ということもあり、教員率の高さや絶妙な知り合い具合が場の雰囲気をぎこちなくさせていた。会も始まり、秀逸な司会進行のおかげで、徐々に会場は盛り上がりを見せていた。

 

わたしは受付の近くの端の席で、遠巻きに会場を眺めながらキティを飲んでいた。内心ハイボールを飲みたい気分でも、こういう機会では一応空気を読むタイプなので、ワインカクテルを選んだ。立食形式のパーティはどうも苦手だ。どうしても、隅でひたすらお酒を飲むのに徹してしまう。部活の同期だけでなく、同級生もちらほらいたので、ビンゴ大会などに参加しつつも、近況報告に花を咲かせていた。数人挟んだ隣にいたルームメイトの様子が気になって視線を移したら、ビンゴそっちのけで、軽食に夢中だった。訪問着を着ているというのに、タコスやポテト、フライドチキンを頬張るルームメイトの姿を見て、思わず笑ってしまった。

 

わたしは美味しいものを美味しそうによく食べる女の子が大好きだ。

そういえば、一緒に暮らしていた頃、天然なルームメイトが鍵を忘れて出勤した日があった。わたしが帰ってきたとき、ふっと気配を感じて後ろを見ると、部屋の前の階段に座り、膝に箱を抱えてピザを食べていたことを思い出してはふふっと思い出し笑いをしてしまう。着物姿で幸せそうにご馳走を頬張る彼女を見たとき、「この子はちゃんと、自分の力であの暗い闇を乗り越えたんだ」ということが直感的に分かった。どんよりとした黒っぽい雰囲気はもうなくなっていた。

 

披露宴会場を出るときとは違って、自然と話しかけることができた。ぎこちなかった会話も、どんどん前のようなテンポを取り戻しつつあった。一緒に住んでいたマンションを引き払ってから2年が経って初めて、あの家を出てからどこに引っ越して、いまどこで働いているのか、どんな生活をしているのか、ということを聞いた。周りを見渡すと、ゲストは皆ほろ酔いで、頰を赤らめており、最初のぎこちない雰囲気とは打って変わって、肩の力を抜いてその場の雰囲気を楽しんでいた。

 

ビンゴ大会が終わり、景品を賭けたチーム対抗戦が始まった。いまはそれほど機敏に動く自信はないが、元スポーツマンだ。勝負事は負けられない。種目はマシュマロキャッチ。投げる人とキャッチする人、2人が必要になる。誰が行く?マシュマロをキャッチする役目は、確実に瞬発力の優れたルームメイトが適役だと思っていた。はて、誰が投げる?きっと息が合っている人がペアになった方がいい。数年間疎遠だったとはいえ、チームの中で一番彼女と関係性が強いのは明らかにわたしだ。気付けば口が勝手に動いていた。「〇〇(ルームメイトの名前)、行くよ!」と言って、前に進み出た。あの頃のように、まだ息が合うのか証明したかったのだ。ルームメイトの口元に照準を合わせて、上空に向けてマシュマロをゆっくりと高めに投げる。綺麗なアーチを描くマシュマロ。わたしのやるべきことはやった。あとはルームメイトのキャッチ力にかかっている……。

 

結果は成功だった。背中を反らせるような体勢で、マシュマロを華麗にキャッチしていた。訪問着姿で、勇ましくガッツポーズをしたルームメイトは輝いて見えた。結局、二回戦では隣チームに連続成功を許してしまい、景品の蟹は逃したが、気持ちは十分、満足だった。

 

南極料理人』と巨大エビフライ

それを最後に、ルームメイトには1年会えていなかったが、年明け、グループラインに嬉しいメッセージが入った。なんと、わたしの家から40分もあれば会いに行ける距離に引っ越して来たという。すぐにメッセージを送り、「引っ越しが落ち着いたら会おうね」と約束をした。

 

2月。今度はわたしの引っ越しが決まった。せっかくすぐ側に引っ越して来たというのに、また逃げるように去ってしまうことになる。まだしばらくは、そのくらいの距離感が必要だということにしよう。新居も決まり、「3月中に会おうよ」とメッセージを送った。家にも案内したい気持ちもあったし、ルームメイトを連れて行きたいお店があったから「せっかくだから遊びにおいで」と誘った。

 

ふたりで暮らしている頃、何度も何度も繰り返し観た映画がある。『南極料理人』だ。

南極料理人

 〜あらすじ〜

海上保安官・西村淳のエッセイが原作。南極観測隊員の料理人として派遣されることになった西村。非日常の環境で、学者、大学院生、医師などの個性的なメンバーが繰り広げるクスッと笑える日常を描くほのぼのコメディ。

Filmarks(https://filmarks.com/movies/32944/spoiler)より

 

わたしもルームメイトも、南極観測隊員たちのわちゃわちゃした雰囲気と個性豊かなメンバーに、高校時代の自分たちを重ねていたのだろうと思う。おにぎりを一心不乱に頬張る姿、待望のラーメンを夢中ですするシーンは、合宿でお腹を空かせた私たちがご飯にありつく景色にとてもよく似ている。たくさんの料理が出てくる中で、ずっとふたりで「食べたいねえ」と話していたのが巨大エビフライだ。作中には、伊勢海老を丸ごと揚げたどデカい海老フライが出てくる。

 

大きな海老フライのあるお店があることは前々から知っていた。お店の前を通り看板を見る度に、いつもルームメイトの顔が浮かんでいたのだった。ご飯屋さんや飲み屋さんでも、そのお店に一緒に行くのにふさわしい人というのはいると思う。巨大海老フライを頬張りに行くのにお伴したい相手は、ルームメイトだった。

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念願の海老フライは残念ながら、伊勢海老ではなかったが、いつかルームメイトと巨大エビフライを食べるという小さな願いが叶った。キャベツが古かったのかちょっと苦くて、ふたりとも綺麗にキャベツのサラダだけ残し、車に戻ってから「あれ、ちょっと苦かったよね。」と言って笑った。

 

その後、お気に入りの浜に連れて行った。初めてこの土地に来たときに、こんなに綺麗な景色があるんだ、と感動した場所だ。3年前は、ルームメイトにまた会うこと、ふたりで楽しくお喋りをして美味しいご飯を食べることは近い将来にはないと思っていた。

 

でもいまわたしは、一時期疎遠になってしまったルームメイトと、この美しい景色を見ながら並んで歩いている。遠くに見える山の雪は解けはじめていた。もうすぐ春が来る。

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写真:著者撮影(Olympus E-M10 Mark IIIを使用)