生ぬるい風が吹き始めた頃、車高の低い黒塗りのセダンがEvery Little Thingの『スイミー』を爆音で流しながら走り去っていった。わたしにはまるで春の到来を知らせる鐘の音のように聴こえた。
春になると無性に聴きたくなる曲がある。JUDY AND MARYの『散歩道』、ともさかりえの『カプチーノ』、スーパーカーの『lucky』とか。Spotifyでそれらの曲を「春」というプレイリストに組み込んだ。誰に聞かせるでもないのに、あいみょんの『桜が降る夜は』の歌マネを運転中に練習したりしている。
好きな季節ランキングで春は3位だし(最下位は夏)、欲しい硬さのスカルプブラシがピンク色だから購入をためらっているというのに、桜にだけはめっぽう弱い。簡単に心がなびいてしまう。
桜味のチョコレートや桜フレーバーの歯磨き粉はついカゴに入れてしまう。先日、桜の香りの入浴剤をネットで探して注文したくらいだ。購入前にレビューを読んでいたら、いい香りです〜という満足したコメントの中に、突如として「全然桜の香りじゃない!」と怒りをぶつけている人がいた。入浴剤が届き、実際にお風呂に淹れてみると、その人の言っていることはなんとなくわかった。いい香りには違いないが、甘酢っぱさが強く、桜よりも梅に近いように感じられた。
でも待って、そもそも桜の香りって何だ?
わたしが知っている桜の香りはあれだ、桜味のチョコレートや歯磨き粉を口に含んだ時のフレーバー。でも、桜並木の下で(ああいい香りだな〜)と思った経験はほとんどない、というかもはや皆無なことに気が付いた。
調べてみたら、桜は品種によって香りの種類や強さが異なり、わたし達に馴染みの深いソメイヨシノにいたってはほとんど香りがしないそうだ。おそらく、桜の香りとして認識していたのは、桜餅についている桜の葉の香りだろう。その葉も、塩漬けにしてようやくあの香りが顔を出すらしい。*1 わたしが桜の香りだと思い込んでいたものは、もはや桜餅の香り、いや、桜の葉を塩漬けした時の香りなのではないか?もう今年の桜は散ってしまったが、来年は自分の鼻で桜の匂いを確かめてやろうと思う。
しばらくブログの更新が滞っていた。環境も気圧も変わりやすい春は、一年の中でも一番メンタルが安定しずらい季節に思う。わたしに関しては毎年調子がすこぶる悪い。それも春が苦手な理由のひとつだ。
この二ヶ月くらいの間、プラスの感情もマイナスの感情も入り混じって、どういうコンディションなのか自分でもよくわからなかった。言葉にするにはあまりにも曖昧すぎた。おたまじゃくしだとしたら、足がにょきにょき生え始めたくらい。陸上に出るにはまだ早い。手と足が生えて、肺呼吸ができるまで水中を漂っている時間も必要だ。自分の気持ちを文字に起こしてみると、筋が通っていなかったり、無意識に差別意識を持っていたことに気付いたりする。自分の言葉に自信が持てない時、言葉を呑み込む勇気も時には大事だと思う。でも、言葉にするのにあまりに時間がかかりすぎるのも問題ではあるなと反省している。
4月の終わりにようやく今年初めてのお参りに行っておみくじを引いた。小吉だった。こんな時期だけど初詣と呼んでいいものだろうか。気付けばもうすぐ雨の降る季節だ。