さらしぼと小さな奇跡の物語

さらしぼ、この名前で呼んでいる人はどのくらいいるだろうか。

 

さらっとしぼったオレンジ。自動販売機でしか売っていなかった、あの飲み物だ。一時期廃盤になり、結局リニューアルしてボトルタイプになって帰ってきたさらしぼ。これはさらしぼと私の小さな奇跡の物語である。

ダイドードリンコ さらっとしぼったオレンジ 490g×24本 

 

さらしぼ、何故こんなにも馴れ馴れしく呼ぶのかって?

何故なら、「さらっとしぼったオレンジ」はわたしの青春の飲み物だからだ。

 

わたしの通っていた高校は、県内でも1〜2位を争うような高倍率で、自分が受験した年は過去最高の倍率だった。自分の受験番号を見つけたときは、嬉しすぎて、合格発表を見る人がはけてから、しばらくしてまた写真を撮りに行ったくらい。わたしたちは選ばれしハッピーボーイズ&ガールズ。さあ、最高のハイスクールデイズの始まりだ。

 

 

進学校でスポーツも盛ん、男女比も程よく、まさにカルピスのCMのような光景が至るところで繰り広げられているような最高な母校だったが、ただ一つ欠点があった。

他の高校と比べ、圧倒的に駅が遠い。駅と駅の中間ぐらいの距離にあり、近くに牛舎や広い田んぼがあるような、市内でもかなり田舎よりのところにあった。バスの本数も1時間に多くて4本あるくらいだし(そもそもバス代が鬼のように高い)、99パーセントの生徒が自転車通学をせざるを得ないという鬼畜な立地にあったのだ。

 

 

駅が近い高校が羨ましかったのは、帰り道に寄り道がしやすいところだった。遠くから電車で通っている生徒も多く、二つの駅のうち自分の家により近い方を選ぶため、学校を出た瞬間に友人とバイバイしなくてはならない。自然に〇〇駅組、〇〇駅組、という派閥争いのような単語が使われるようになっていった。

 

 

部活加入率も高く、平日はほとんど駅に遊びに行くなんてことはできない。大きなバイパスが通っているだけで、すぐ近くに気の利いたファミレスなどなく、私たちの憩いの場となっていたのが、校舎からほど近くに数台並んでいた自動販売機だった。

各有名メーカーの自販機が数台ずつ並び、中にはアイスの自動販売機もあった。「今日は練習頑張ったし、寄ってく?」という、サラリーマンが仕事終わりに立ち飲み屋でいっぱい引っ掛けるごとくその自販機コーナーに行って、コカコーラのベンチに座りながら、下校する同級生を見たり、格好いい先輩の話をしたりして話に花を咲かせていた。

 

 

そのとき、圧倒的な人気を集めていたのがあのさらしぼだった。

500㎖のロング缶にも関わらず、他のメーカーの自販機よりも確か20〜30円くらい安かった。それが当時のお金のない貧乏な高校生たちには本当に有り難かったのだ。そして、部活を終えた自分たちにとって、あの果汁100%ではない、あくまでも “さらっと” しぼられたオレンジの感じが、喉に絡みつくわけでもなく絶妙に丁度良かったのだった。

 

だからこそ、私たちはさらっと絞ったオレンジに異常な愛着があり、さらしぼという愛称でその頃から慣れ親しんでいたのだ。

 

 

 

 

それから時はたち、上京して6年くらいがたった頃、私は東京ドーム近くのとある居酒屋で先輩と飲んでいた。2人で担当していた大きな仕事がようやく終わり、打ち上げをしていたのだった。2階建の店舗のそれほど広くない1階の小さなテーブル席に向かい合わせで座り、隣のテーブルには30代後半くらいのサラリーマン2人が同じく向かい合わせで楽しそうに飲んでいた。

 

先輩も私もかなりいける口で、互いにお酒はハイペースで進み、アルコール分解の早い私は早々にトイレに立った。お手洗いから戻ると、先輩が隣のサラリーマンと楽しそうに会話をしている。私は面倒なことにならないといいな〜と思いながら、どちらかと言えばネガティブな気持ちで席に戻る。

 

 

席に着き、そのサラリーマン達に軽く会釈をした方がいい雰囲気になっていたので、「どうも〜」みたいな軽い挨拶をした。案の定、向こうから「2人はどういう関係なの〜?」という質問がくる。正直、あーめんどくせーと思ってしまった。申し訳ない。軽くサラッと飲んで帰ろうという気分だったので、計画が破綻しそうなことに私は落胆しかけていた。

 

 

適当に2人の間柄を説明し、今度は彼氏の話題になった。いよいよなんか面倒な流れになってきちゃったな〜と思い、先輩と苦笑いしながら適当に流そうと思っていたら、向こうがそれを察したのか「ごめんごめん。僕たち結婚してるし、ナンパしようとかそういうんじゃないから大丈夫だよ〜!」と気を遣ってくれた。

それをきっかけに、こちらからも色々話を聞いてみると、そのサラリーマンたちも同僚で、その日は揃って午後休を取り、東京ドームに巨人戦を応援しにきたらしい。その日は残念ながら負けてしまったので、反省会という名のもとにこうして飲んでいるんだと話してくれた。

 

 

追加のお酒やおつまみを奢ってくれ、さらに話は盛り上がっていった。お互いの仕事の話になり、私たちが後輩の愚痴や、終わったばかりの大きなイベントの話をする一方で、サラリーマンは私たちに唐突にこういう質問を投げかけてきた。

 

 

「自販機の飲み物の中で一番好きなものって何?」

 

 

先輩が先に口を開き、「特にこれってものはないかな〜」と悩むなか、いい感じて酔っ払っていた私は、この想いを伝える時が来たか!と相当大きな声で興奮気味に「さらしぼ!!!!!」と答えたのだった。もう一つ、POPメロンソーダとも迷ったけれど、一番はダントツでさらしぼだった。

 

その答えを聞いたサラリーマン2人は、おおお〜〜〜〜!という歓声と共に大拍手をした。意味がわからない。でもなんか酔っ払ってるし、いえーいという感じで喜ぶわたし。そしてポカーンとする先輩。

 

 

なんとその2人のサラリーマンは、さらしぼのメーカー、ダイドードリンコの社員さんだったのだ。そこにはハッピーOLズ&サラリーマンズがいた。これは奇跡だ、九死に一生レベルの大きな奇跡ではないけれど、四つ葉のクローバーを見つけたような小さな奇跡だった。みんなが興奮していた。

 

 

片方のサラリーマンに「東北出身?」と聞かれた。正確には関東出身なのだが、ほとんど正解である。よくよく聞いてみれば、ダイドーの自販機は東北などの田舎を中心に置いているらしい。確かに、メーカーによっては東京ではほとんど見たことのない《チェリオ》の自販機を関西に来てからは頻繁に見かける。自販機の分布に地域差がそれほどあるとはその時に初めて知った。

この記事を書いたことを機に、東北のためのサイダーなるものが開発されていることも知った。東北の、東北による、東北のためのサイダー。炭酸の消費量多いランキングなんてあるんだね。へ〜、である。(ニュースリリース|企業情報|ダイドードリンコ

 

 

あまりにも、その2人はさらしぼと答えたことに感動していて、わたしは先輩を含め3人に対して《さらしぼは私(たち)にとって高校時代の青春の飲み物であり、どれだけの思い入れがあるのか、今でも飲み会の帰りにどうしても飲みたくなるので家の近くのどこにダイドーの自販機があるかをちゃんと認識していること、たまたまさらしぼを見かけると大体飲みきれないくせに買ってしまうこと(特に夏)》を熱弁した。そして知る衝撃の事実、社員さん達は「さらしぼ」とは呼ばず、「さらオレ」と呼ぶのだそうだ。覚えておこう。でもわたしは頑なに愛称を変えるつもりはない。

 

そして、宴もたけなわ、会計を終えてお店を出た。2人のサラリーマンは、明日の朝礼でこの話をするよ!と行って嬉しそうに去っていった。

 

 

 

 

この出来事から数年が経ち、昨年のさらしぼが販売中止するという衝撃的なニュースにより、高校の同級生界隈は明らかに動揺していた。別れが突然くるというのはこういうことを言うのだろうか。わたしはひとり、このサラリーマン2人のことを思い出すのだった。そして、突如舞い込んで来た復活のニュース!朝日新聞に取り上げあげられるなんて、さらしぼの影響力恐るべし。

www.asahi.com

 

さらには生まれ変わったさらしぼ、開発の背景を読んでみるとまさにわたしが熱弁していたあの話ではないか。もちろん、多くの声が寄せられているはずで私はそのうちのたった1人に過ぎないのだが、ひとりひとりの強い気持ちが束になれば、状況は一変するのだと教えて貰った気がするし、改めてこんなにもたくさんの人にさらしぼが愛されていたことを知り胸が熱くなるのだった。

 

●開発背景

1996年に発売した「さらっとしぼったオレンジ」は、昨年、販売を終了しておりましたが、SNSを中心に製造終了を惜しむ声や再販売を希望される声を多数お寄せいただきました。

お寄せいただいた声を分析したところ、味わいへの高い評価に加えて、「懐かしい」「青春の味」「高校の部活帰りに飲んでいた」などのコメントが30~40代を中心に多く寄せられており、現代の嗜好を考慮した商品であれば、学生時代にご愛飲いただいた方も含めてこれまで以上に多くの方に楽しんでいただける可能性があると当社では考えております。

そこで今回、再栓可能で持ち運びにも便利なボトル缶タイプの容器を採用し、ご好評いただいた味わいをベースにオレンジ感をアップさせた「さらっとしぼったオレンジ」を開発。学生から大人まで幅広いお客様に楽しんでいただきたいという思いを込めて、約1年ぶりに発売いたします。

ニュースリリース|企業情報|ダイドードリンコ より)

 

ただ一つ、形状がボトルタイプになって復活したのは、『木綿のハンカチーフ』のように、幼馴染が東京に染まって派手になって帰って来た…みたいな、ちょっと切ない気持ちになるのはわたしだけだろうか。恋人よ君を忘れて変わってゆく僕を許して〜。

わたしはロング缶だった頃の君を決して忘れはしない。

 

 

木綿のハンカチーフ

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ボーイズ&ガールズ

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