あなたの価値

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Photo by Piero Di Maria

 

 

あなたの価値はそんなもので決まらない

 

可愛くない 彼女がいない 内定がない

あなたの価値はそんなもので決まらない

 

ロレックスの腕時計をつけている

ロエベのバッグを持っている

あなたの価値はそんなもので決まらない 

 

 

あの子は言った

「代車で借りたピンクの軽自動車が

おばちゃんみたいで恥ずかしい」

 

 わたしの脳は翻訳した

「代車だから仕方なく乗っているだけ」

 

  

あの子はわたしの化粧品や洋服のブランドを知りたがる

この子はきっと こういうもので他人の価値も測るんだ

そう思った瞬間に わたしは繋いだ手をそっと離す

 

 

わたしはあの子に言ってやりたい

ピンクの軽自動車に乗っているから

あなたの価値が下がるわけじゃない

 

MINIのクーパーに乗っているから

あなたが価値が上がるわけじゃない

 

 

わたしにはあれがある わたしにはこれがない

そんなに簡単なもので人の価値は決まらない

 

目に見える簡単なもので人の価値は決まらない

あなたの価値はそんなもので決まらない

雲はグレー いちごは赤

新しい街に引っ越してから二ヶ月が経った。

なんとなくこの街の雰囲気にも慣れてきて、ここがどういう土地なのか、なんとなく掴めてきた。どんよりとした曇り空が似合うちょっと汚いこの街は、上京してから初めて住んだ街にどことなく似ている。とはいえ、駅前の商店街には結構いい感じのパン屋さんやケーキ屋さん、お花屋さんなどがあって、そのあたりは比較的雰囲気も明るくて気に入っている。なかなかまだ飲み歩く気分にはなれないが、立ち飲み屋さんなど、何軒かしっかりと目星をつけている。

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  ちょっとした祝い事があり街のケーキ屋でショートケーキを買った

この間、大きな川を挟んで向こう側の街に寄ってみた。車ではすんなり行けるのに、路線が入り組んでいて複雑で、電車で行くには倍以上の時間がかかった。乗り換えのために、それまで全く読み方も知らなかった名前の駅に降り立つ。あまりにも何もない駅だったばっかりに、なんでわたしこんな駅に降り立ったんだろうと思わず少し笑ってしまった。

 

どの街に住んだとしても、地元を除いて自分のことを知っている人などほとんどいない。そんなの当たり前なはずなのに、ここの人は「みんなわたしのことを知らないんだ」と思うのと同時に、「わたしもここに住んでいる人のことを何も知らないんだ」と思うと心細くなった。てっきり旅にでもきているような錯覚に陥るけれど、わたしは家に帰ろうとしているんだ。この近くに自分の家があるのだと思うとなおさら不思議な気持ちだった。旅に行くときは、「誰も自分のことを知らない」という状況を好んでどこかに行くのに、住む場所となると急に心細くなるだなんて、虫の良すぎる話だなあと思う。

 

ほんのり寂しい気分を覚えながらも、雰囲気の良い焼肉屋を見つけて思わず写真をとった。なかから常連さんと思しき賑やかな笑い声が聞こえて、少しだけ、心細い気持ちがほぐれた。帰り道はちょうどマジックアワーの時間帯で、駅から見える夕日がやけに綺麗で見入ってしまった。

 

いままで6つの街に住んだ。そのうちの1回は、居候みたいな棲みつき方だったけれど。5回の引っ越しに全て共通していることは希望に満ち溢れているということだ。いつも前向きな気持ちで、新しい街での生活を始められていることはとても幸運なことだと思う。もしかすると、わたしはその街の良さや楽しみを見つけることがとびきり上手なのかもしれない。きっとこの街も、わたしの背中を優しく後押ししてくれることだろう。いま、結構気持ちが落ち込んでいて、ブログは下書きが溜まってばかりだけれど、自分のペースでぼちぼち進んでいこうと思う。

 

クルミのスコーンと幼なじみ

 初めて焼いたあの日から、スコーン作りが日曜日の朝のルーティンになり始めている。

misoshiruko.hatenablog.com

 いままではホットケーキが一番楽だと思っていたけれど、洗い物が案外出るのが難点だった。それに比べて、スコーンは洗い物が圧倒的に少ない。ボウルとゴムベラは使っているけれど、極論ポリ袋に材料をぶち込めばそれすらも要らないかもしれない。

 

この前はチョコフレークを入れて焼いてみた。ほのかに効いた塩気としっとりしたチョコフレークの相性が良い。今朝は、きな粉とホワイトチョコレートの組み合わせで焼いてみよう。そう思ったのもつかの間で、きな粉の不在により計画はあっけなく崩壊した。そういえば、新居に引っ越して荷物を整理していた時、賞味期限切れに気付いて捨ててしまったんだっけ。気を取り直して、キッチンの一角にある「お菓子作り関連コーナー」を覗いてみるとクルミがあった。よし、これでいこう。

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彩りはIKEAのペーパーナプキン頼み

クルミは市販で買うと結構お高い。業務用スーパーで売られているお徳用パックはごろごろ入っているし品質が著しく悪いということもないので重宝している。クルミに関しては、まだ質より量だ。 クルミを料理に使うたびに、「ああ、あの頃はただで好きなだけ食べられたのになあ」と幼なじみと過ごした記憶を思い出す。

 

 

* 

 

 

草平くんは一人っ子で、わたしの住んでいた家から徒歩1分のマンションに住んでいた。

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Mabel AmberによるPixabayからの画像

国語も算数も苦手で、周りと比べて体が一回り小さかった草平くんは、スポーツも得意ではなかった。リコーダーには指が思うように届かず、みんなに笑われては教室でびーびー泣いていた。鼻が痒い時には、握りこぶしを作った中指と薬指の関節を鼻の穴にぴったりと押し込めて、横にずらして掻くのが赤ちゃんみたいでおかしかった。少し偉そうな喋り方をしていたので、簡単に言えば周りからは少し馬鹿にされていた。

 

 

でもわたしは、小学生ながらに草平くんのことをリスペクトしていた。

草平くんが特に輝くのは休み時間だ。

わたしたちの通っていた小学校は少し変わった立地にあって、敷地内には森や池があった。四年生の頃にやっていた交換ノートがきっかけで「女の子は面倒くさい」と悟ったわたしは、高学年になると女の子集団とは少し距離を置くようになっていた。休み時間に遊ぶ相手は、決まって草平くんだ。森から流れてくる澄んだ水の通り道には綺麗な石のある確率が高く、色のついた石や翡翠をふたりで熱心に探した。草平くんは植物博士で、草花のことなら何でも知っていた。図鑑が丸ごと頭に入っているみたいだった。草平くんが、「この葉っぱは食べられるんだよ」という丸い葉っぱを齧ってみると、わさびの味がした。その辺りのものを食べることは危険だという考えはあったが、草平くんを信頼していたので大丈夫だという確信があった。

 

 

わたしと草平くん、ふたりのポケットにはいつも入っているものがあった。クルミだ。

小学校の森には、何種類かのクルミの木があった。クルミの実は、固い殻に包まれている。固い木箱に誰かが大事にしまったみたいに、頑丈で容易に開けることはできない。コンクリートの硬い床の上に乗せ、大きな石をぶつけてやっと割れるほどだ。命中すると殻がぱっかりと割れて、まるで脳みそのような、いびつな形をした実があらわれる。わたしたちは昼休みになると、グラウンドで遊ぶ在校生たちを横目にせっせと殻を割り、クルミを味わうのが楽しみだった。わたしと草平くんだけが知っている食後のデザートタイムだ。

 

 

そんなクルミには、食べるだけではなく、実はもうひとつの楽しみ方がある。

クルミの殻ははじめマットな状態だが、殻同士を擦り合わせるようにすると徐々に表面には光沢が生まれてくる。わたしたちは好みの形をしたクルミをふたつポケットに入れ、時間を見つけてはせっせと磨きをかけていた。

 

草平くんはオニグルミという少しゴツゴツした品種を気に入っていた。鬼という名のつく通り、表面の凹凸が他の品種に比べて荒々しいからこの名が付いているそうだ。草平くんのオニグルミは、木から落ちたばかりのカサカサした状態からは想像もできないくらいに艶が出て、水を弾くようにつるんと輝いていた。わたしのクルミはそれには到底及ばなかった。結局、家に持ち帰ったクルミは机の引き出しに入れたまま、いつの間にか忘れてしまった。

 

 

 

わたしも草平くんも、小学校に通っている間にそれまで住んでいた仮の住まいから新居に引っ越した。帰り道はバラバラになったが、わたしの通っていたピアノ教室と草平くんの新しい家が程近くにあったので、クラスは別になってもピアノのある曜日は一緒に帰る約束をしていた。草平くんのお家にお邪魔して庭の草木を見せて貰ったり、趣味のお菓子作りのことや色んな植物の話を聞かせて貰った。

  

小学校を卒業して、わたしは新居の最寄りの中学に通うことになった。携帯電話も持っておらず、連絡を取ることは次第になくなってしまった。他の友人を通して、わたしが中学生になってからの様子はなんとなく小学校の同級生に伝わっていたようだが、草平くんとの接点は全くなくなってしまった。

 

しばらくの間、全く接点がなかったものの、わたしたちが大学生の頃は本名での登録を前提としたSNSの全盛期で、単純に「小学校の同級生だから」という理由で繋がった。ただ、特にメッセージのやりとりすることはなかった。プロフィール画像に写った草平くんは、若干の面影を残しつつも、わたしにとっては別人に見えて、記憶の中の草平くんとは上手く繋がらなかった。それでも、ぽつりぽつりと更新されていた投稿には、草花や鳥の写真が写っていた。そして、大学では農学を専攻していることを知った。大人になって見た目は変わってしまっても、中身はきっとあの頃の草平くんのままなのだと分かって嬉しかっただけでなく、誇らしい気分になった。

 

わたしの人生の中で、たとえ不得意なことが多くとも、「熱中できるものがあること」や「ひとつのことを極めること」の素晴らしさを身を以て証明してくれた第一人者はきっと草平くんだと思う。

 

SUUMOタウンに寄稿しました(出身地・茨城県水戸市について)

なんと、この度、SUUMOタウンに寄稿させていただきました!

suumo.jp

 

わたしが住んでいた街として、愛する故郷の「水戸」について書きました。

思わぬところで出身地を明かすことになりましたが、過去の記事で北関東納豆などのワードを出しているのでもう隠す必要もないかなと思い、今まで住んだ街の中でも特別に思い入れの強い水戸について語る運びとなりました。おそらく、水戸はおろか、茨城県に多くの人は一度も足を運んだことがないはずで、足を運ばぬまま一生を終えていく人の方が圧倒的に多いと思います。残念ながら。でも、この記事をきっかけに水戸に対するイメージが、180°とは言わずとも、少しでも変わってくれたら嬉しいです。

 

 

本来であれば、改めて撮影のために帰省したいと考えていましたが、新型コロナの感染拡大もあり、断念せざるを得なく、過去に撮影した写真を使用させていただいています。大学時代に撮影したものが多く、iPhone4Sで撮影しているものもあります(古い!)。

データを見返すと、いろんな水戸の姿が写っていて、本当にわたしはこの街がすきなんだなあ、と改めて実感。街それぞれに似合う景色があると思うのですが(例えば夜景や日差しの強い夏の日など)、水戸はすっきりと晴れた秋空や茜色の夕日が似合う心地の良い街です。

 

 

また、記事でも言及していますが、水戸駅の北口には多くの商店街があり、新型コロナの影響をもろに受けるだろうと考えています。次に帰省ができる日、一体どんな故郷の景色が待ち受けているんだろうと考えると、すごく怖いし、想像するだけで悲しくなってしまいます。

 

わたしは個人でやられている食堂や飲み屋さん、パン屋さんや和菓子屋さんなどが本当に好きで、旅に出る度に各地のお店を探索するのが趣味ですが、「なぜそのようなお店が好きか」というと、お店には店主の人生が詰まっているからです。看板や暖簾、店内の家具やメニュー、器、味付、料理の盛り付けから接客まで、店主がそれまでの人生で経験してきたものすべてが詰まっているから、ひとつのエッセイを読み終えたような気分になるんです。だからこそ、一つでも多くの個人経営のお店が存続してくれていることを心から願います。

 

 

余談になりますが、ひどく疲労困憊しているときにはてな編集部よりご連絡を頂き、電車の中でひっそりと涙しました(マスクを着けていたけれど、向かいのサラリーマンに怪訝な顔をされた)。ただ、喜んだのも束の間で、「わたしが書いていいのか?」「力不足ではないか?」と、プレッシャーの方がはるかに大きく、吐き気と戦う毎日でしたが、やっとお披露目できる日がきて本当に嬉しいです。是非、一人でも多くの人に読んで欲しい!

 

 

最後に、ご担当いただいたはてな編集部の野地さま、SUUMOタウンの寄稿者へ推薦してくださった方、この記事に関わったみなさま、本当にどうもありがとうございました。

 

今回の記事を書くきっかけになったこちらの記事も、是非お読み頂ければ幸いです。

misoshiruko.hatenablog.com

SとMの話

最近、自分はどんな立ち振る舞いをすれば良いのかわからなくなってきた。

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都内で医療従事者として働いている友人Mに連絡をした。Mとはお正月やお盆に呑む間柄の、一言で言えば “マブ” だ。Mはダイビングが趣味でよく彼氏とその辺の海に潜っているらしい。高校時代の修学旅行では、広島のホテルが同室で、特に語り合うなど修学旅行「らしい」ことをせずにふたりともベッドに入り、「ねえ、うちら修学旅行なのにこのまま寝ていいの?」と言って、だらだらと一回トランプをして満足して寝た覚えがある。

 

Mの病院でも、今週くらいからコロナ患者を受け入れることになったらしい。大きい病院はもういっぱいなのだそうだ。Mは受け入れチームのメンバーではないらしいが、その分のしわ寄せがひどいと嘆いていた。チームが違うとはいえ、もし院内感染が起きたら?と考えると辛くなって、ポテチを貪りながらレモンサワーを5杯くらい飲んでしまった。

  

 

いまこの国で起きていることはめちゃくちゃなことばかりで、内心すごく怒っている。もっと勉強していたら、もっと専門知識があったら、この訳の分からない状況を少しでも変えることができていたか?自分の無力さに苛立ちさえ覚えてくる。

 

特に、このところ気が滅入る要因になっているのはSNSでの立ち振る舞いについて。

現状を嘆いたり怒ったりすると、あからさまにフォロワー数は減るし、だからといって自分の意見を押し殺すのも難しいので悩みどころだ。ツイッターは、見たくもないものが意図せずに目に入ってきてしまうから、ぽんぽんと思いつきで怒りに任せて発言すると他人にストレスを与えやすいんだろうなと思う。でも、そもそもこんな状況で、しかも友人が危険に晒されていて正気ではいられないよ。

 

ブログは読みたいものを自分から探しに行くものだと思うから、こちらに気持ちをぶつける方がまだ誰かにも自分にもストレスを溜めさせずに済むのかな、なんて考えたりしている。「ああ、こういうのは興味ないや」と感じたら、そっと閉じてくれたらいいと思う。コロナが収束したあとの世界では、人間関係もガラッと変わっている気がしてならない。

 

 

昨日、埼玉の医療機関に勤めている友人Sにせめてもの気持ちで小包を送った。出来ることならばドカンとマスク工場を作って彼女の働く病院に供給したいくらいだけれど、残念ながらわたしにはそんな財力も権限もない。とにかく疲れているだろうと思い、バスソルトのセットなどを包んだ。ゆっくりお風呂に浸かって、少しでもよく眠ってくれたらいいな。

 

Sとは、一年に何度も美味しいものを贈り合う仲だ。毎年、義実家で夏にブルーベリーを大量に摘ませて貰うので、Sにはたくさんの自家製ジャムを送りつけている。昨年は、誕生日に無印のカレーを大量に貰った。香川旅行中、スーツケースからどかんと大きな紙袋を出すので笑ってしまった。次はSが行きたいと言っていたさざなみ海道にも行きたいし、尾道にも行きたい。

 

余談だけど、現実逃避のために3年前に義弟からもらったGTA5をやっている。手紙の断片は集め終わったので、いまは潜水艦で海底に潜って放射性物質拾いをしている。バーチャル上だとしても、シュノーケリングは癒される。水の音が心地よい。リアルな海は怖くてあまり近付けないのだけれど、少しだけMの気持ちがわかる。

 

 

写真:christal marshallによるPixabayからの画像  

 

スコーンと爆発する民

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今日は生まれて初めてスコーンを焼いた。

「雑さが命」というフレーズがあまりにも魅力的で、迷わずにそのレシピを選んだ。ズボラなわたしにぴったりだ。

 

バターを入れる順番を間違えたし、卵も半分でいいのに中途半端に残ると面倒だからと全部ぶち込んだりしたけれど、何とかそれっぽく焼けたので結果オーライ。ちなみに卵液を表面に塗ることを知らなかったため、新しい卵を割ったので意味がなかった。全体像をつかむことの重要性をスコーン作りで再確認したのだった。

 

 

話は飛ぶけれど、自分にもしものことがあった時のための事務的な書類などを作り、一通り準備しておきたいものが揃ってきた。虎屋のカレンダーが届いた時の、虎の絵が書いてある大きな封筒にまとめて入れ、赤字で重要とだけ書いた。あとは、仮に入院したときのために、3日分くらいの荷物をスーツケースにまとめておこうと思っている。

 

 

エネルギーを使ったというのもしんどさの一つにあるけれど、最近のTwitterをみるとかなりしんどくなる。今日、2020年4月12日は特にしんどかった気がする。民が爆発していた。色々呟きたい気持ちも山々だけど、難しいことを言うのはわたしの役目ではないし、わたし如きがぶつくさ言ったところでなにかが変わるとは思えないので、食べもののことや読んだ本のことを呟くようにしている。(ただ、特に発言はしないけれど、政治観は一応、自分のなかにこれだというものがあるので、意見箱にメッセージを送るようなことはしている。)

 

 

Twitterでは触れない分、ブログだけは弱音を吐ける場所として確保しておきたい。文句を言う場所…というよりは、息を吸う場所として。

 

 

さっき、情熱大陸でウイルスの研究者の方が出ていたけれど、年単位の長期戦になると言っていた。6月に一度収束するけれど、冬にはまた流行ると。色んな情報のなかから正しい情報を汲み取ろうとするのは、昨今の情報の洪水のなかだとかなり難しいけれど、とにかく根拠を調べて比べてみるしかない。

 

 

そういえば、民って字で思い出したけど、奥田民生さんがいつかのライブグッズで民民ってタオルを作っていたの、あれ、ものすごくセンス良いよなあ。

緊急事態宣言の前夜

夕飯には仕込んでおいたにんにくと生姜たっぷりの唐揚げに大根おろしと天翔の柚子ポン酢を合わせて食べた。身体が薬味を欲している。

 

明日にも、緊急事態宣言が出るらしい。 

本当は昨夜のうちに買い出しをしておきたかったのだけれど、近隣の小さなスーパーにしか行くことができなかったので、車を20分ほど走らせて深夜まで空いている大型のスーパーへ行く。

目の前に広がる光景に驚く。スーパー内はすでにプチパニックの起きた後だった。棚はスカスカだ。特に、パスタや乾麺はほぼ空、それに関西人の命であろうお好み焼き粉は見事にすっからかんだった。中力粉は下の棚になぜかたくさん積まれたままだったのでカゴに入れた。

 

 

予想以上の景色にショックを受けてしまい、こういうとき何を買ったら良いのかわからなくなって、英語表記でバターがたっぷり入っていそうなチョコチップクッキーやチョコクリームに無駄に手を伸ばす。さすがにチョコクリームは不要不急の買い物なので控えたが、チョコチップクッキーはカゴに入ったままだ。

 

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冷凍食品コーナーでは初老の夫婦がせっせと冷凍のお好み焼きをカゴへと運んでいた。関西人のお手本ともいうべきだ。冷凍庫がお好み焼きでいっぱいになってしまうが、他の冷凍食品はいいのだろうか…と勝手に気になってしまった。趣味嗜好も冷凍庫の中身も人それぞれで良いんだよね。

 

 

 

レジの店員さんはかなり混乱しているようだった。次から次へとやってくる客と商品のたくさん詰まったカゴに余裕はないはずなのに、わたしの前に並んでいたおじさんとは笑顔で談笑していた。ウェーブヘアーのポニーテールにパキッとした赤リップがやけに似合っていて印象的だった。有り難いのと同時に、なんだか申し訳ない気分にすらなる。

 

 

結局、切り干し大根や鯖缶、ハムなどを購入した。粉の洗濯洗剤も買っておいた。カートを押して車に戻りながら、胸のあたりが少しザワザワしてきてしまった。周りにいる人間が全員ひとつのテーマに左右されて行動することの不気味さ、見えないものに襲われる恐怖を実感してしまい苦しくなってきた。

 

 

近くの薬局にも足を運んでみると、店内は全く品薄の様子はなく、外に陳列されていたトイレットペーパーやティッシュなどの紙類が減っているだけだった。パスタや乾麺も十分に在庫があった。さっきの大型スーパーでは購買意欲を焦らされるような感覚があったが、異常な雰囲気だったんだな…ということがわかり少し落ち着いた。

 

 

明日からどうなるのだろうか。遠い先のことを考えるのではなくて、ほんのすぐ先の未来を考えて生きていたら良いのかな、なんてことをぼーっと自宅までの間に考えていた。言葉になりきれていないもやっとした溜め息ばかりが出てくる。なんだかなあ。

 

 

単純に気持ち的な疲労で身体を壊してしまいそうなので、43℃の熱めの湯船に浸かった。ああ、また早く広い露天風呂に入りたい。そのときは、出来ればお茶風呂か、りんごやみかんのたくさん浮いたお風呂に入りたい。

 

 

明日もほどほどに生きよう。一日一日が目まぐるしくて付いて行けていないけれど、ひとつひとつ状況を飲み込んでいこうと思う。

 

写真:Alexas_FotosによるPixabayからの画像