5月中旬、忙しさと精神的な余裕のなさから、「一人でどこか遠くに行きたい」という願望が溢れ出し、どこへ行こうか旅の計画を練り始めた。3月に一度、香川県の直島にある地中美術館と徳島の大塚美術館のふたつの美術館めぐりを計画していたのだが、地中美術館の予約が取れずに頓挫していたことを思い出した。
もう一度モネの『睡蓮』を見たい。あの真っ白で静かな空間の中で、他に何も視界に入れずに睡蓮だけを収めたい。とにかく外せないのは、日中の船旅を楽しむことと地中美術館を訪れること。大塚美術館まで旅程に入れるとこのふたつがクリアできないため、今回は高松で一泊してフェリーで往復して帰る旅程にした。
朝7時すぎにJR三ノ宮駅へ到着し、三宮バスターミナルへ。6番バス乗り場から神戸三宮フェリーターミナルへの連絡バスへと乗り換えた。昨年の春、友人と小豆島に行った時と工程は変わらないため、気持ちに余裕ができて有難い。


バスに揺られて10分ほどで神戸三宮フェリーターミナルに到着。高松行きのフェリーの出港時刻が掲示されている。ここでフェリーに乗船してしまったら、今いる世界にはもう後戻りできないんだ、という小さな焦りが余計にわくわくさせてくれる。

朝はまだ肌寒く、お腹が心配なので待合室でホットの抹茶ラテを飲みながら搭乗時刻を待つ。カップで出てくるタイプの自販機は何故だかテンションが上がって見つけると高確率で購入してしまう。この日は金曜日で、家族連れや大学のゼミらしき集団、老後を楽しんでいるであろうお姉さま方など、様々な人々が乗船していた。
乗船時間になると、QRコードのチケットを機械にかざし、タラップへと進んでいく。


丸窓から見た神戸港
フェリーは定刻通りに神戸港を出港した。絶好の旅日和で、デッキの上では乗客らが写真撮影を楽しんでいる。デッキの端の方では、指導教官と思しきワイシャツにスラックス姿の男性がファインダーを覗いていた。その後ろ姿が、ありし日の祖父の面影に似ていてうるっと来てしまった。祖父はいつも白のワイシャツにグレーのスラックスを着ていて、首にはいつもカメラをかけていた。小学生の時に亡くなった祖父の面影に船上で出会うなんて想像もしていなかった。わたしも負けじと自分のカメラに向き合い、神戸の街と海の写真を撮った。


今回は一人旅。心細さと引き換えに、すべての時間を自分の思うままに使うことができる。しばらくはデッキのベンチで風を感じながら本を読んで過ごした。港を離れると途端に風が強くなってきた。船内に戻り、ひとまず売店をうろついてみる。ペンの試し書きコーナーにはジャンボフェリーのテーマソングの英訳が書いてあった。

しばらく窓の外を眺めながら過ごしていると、明石海峡大橋くぐりのアナウンスが入る。今が狙い目だと思い、食堂に朝食を食べにいく。先に席を確保すると、卓上のさぬきレモンうどんのポップに心惹かれる。本当は冷やしうどんが食べたかったが、腸内環境が不安定なため、温かいうどんを注文した。これが大当たり。皮のまま食べられるというレモンスライスをあったかいお出汁に浸して食べるのが絶品だった。


イートインスペースから見た明石海峡大橋

船内のイートインスペースはこんな感じになっている(下船前に人がいないところを撮影)。飲食用の椅子は揺れにも耐えられるよう床に固定されている。
小豆島で体感の7割ほどの乗客が下船して、高松まではゆったりとボックス席に座って過ごすことができた。思いの外乗船時間が長く、持ってきた本も読み終わってしまって、物思いに耽ったり、ただ外を眺めてみたり、何もしない時間を楽しんだ。高松港に近づいてきてデッキに出てみると、風が柔らかくて、穏やかな景色が広がっていた。


海といえば太平洋、特に地元の大洗海岸のイメージが強いわたしにとって、瀬戸内海のこの滑らかでゆったりとした水面は海のイメージを180°変えてくれた。船での移動は、決して速くはないけれど、その分心の余白みたいなものが生まれる。

新船あおいの真っ白な船体と空の青色のコントラストが美しい
高松港に到着。ジャンボフェリーの発着する高松港は高松駅から少し離れているので、大きな建物がなく、本当に高松に来たんだよね?と少し不安になる。


高松駅行きの送迎バスに乗り込み、10分ほどで高松駅に到着。

手荷物預かり所で荷物を預けると、吸い込まれるように駅ビルに入った。無印とか知っているお店があると安心してつい入ってしまう。見慣れない服屋さんで服を物色していると、店員さんが声をかけてくれる。「旅行者なんです」と伝えると、「どこに行かれるんですか?」と聞いてくれた。「今日は移動がメインでこれから仏生山温泉に行きます」と言うと、その店員さんはなんと仏生山のご出身だった。お昼はまだ食べていなかったので、駅前で食べられるおすすめのうどん屋さんを教えてもらった。もり家さんといううどん屋さんで、「本店が高松空港の近くにあるんですけど、最近支店ができて駅前でも食べられるようになったんですよ!」と話してくれた。また帰る前に寄りますねと伝えて高松シンボルタワーへと向かった。

閉店まで1時間を切る頃に伺ったので列が少ないが普段は大行列らしい
洋服屋の店員さんがおすすめしてくださったかき揚げおろしうどんのハーフサイズを注文(レギュラーサイズだと丼と同じくらいのかき揚げが載っている!)。

このうどんもかき揚げも本っっっっっ当に!美味しかった!うどんはつるつるでコシがあって、かき揚げはサクサクだし、かき揚げは小エビと呼んでいいのかわからないくらいの大きなエビがたくさん入っていて香ばしい。この感じならレギュラーサイズのかき揚げもぺろっと食べれると思う。特に旅先では、その土地の個人店に訪れるようにしていて、駅前のテナントの飲食店に入ることはほとんどないだが、今回ばかりは店員のお姉さんのおすすめを素直に聞いてよかった。今度車で来た際は本店にも足を運びたい。

高松は駅前にふらっと座れるベンチがたくさんあって良かった
その後、1階のお土産コーナー四角ショップ88にてお土産を購入し、しばしアイスコーヒーを飲んで休憩。そのまま服屋さんに戻って、しっかり試着もさせてもらって2着購入。読み終わった本やお土産と一緒にゆうパックで自宅に郵送した。予約しているビジネスホテルへと向かう。
ホテルにチェックインして荷物を置くと、トートバッグにバスタオルを突っ込んで再び外に出る。ことでん琴平線の高松築港駅へと向かうと、窓口で「ことでんおんせん乗車入浴券」を購入。なんと、こちらはうちわ型企画きっぷで、うちわで電車に乗ることができる(!)乗車券と仏生山温泉の入浴券、うちわがセットになっているという大変お得な切符なのである。はじめ、チケットの意図をよく理解しておらず、「この?切符で?電車に乗れるんですか?」とあたふたしていたのだが、駅員さんの目が「わたしの言葉を信じてあの電車に早く乗りなさい」と物語っているように見えたので大人しく改札を通る。停車していた電車に飛び乗り、仏生山方面へ。

うちわ型切符 乗車日をスタンプで押してくれます
仏生山駅で下車すると、仏生山温泉までは徒歩約10分。真っ直ぐに進んでいく。


もうそろそろかなあと思っている頃に出てきた看板
そしてようやく18時前に仏生山温泉に着いた。夏が近づいて日も伸びたのでまだまだ明るい。

仏生山温泉は一番好きな温浴施設と言っても過言ではないくらい、この温泉に入るために何度も香川に訪れている。どのくらい好きかというと、くつろぎスペースにあるテーブルと同じものを工房の方にお願いして作ってもらったくらい。

うちわ型切符は仏生山温泉の入り口で温泉マークのスタンプを押してもらって完成。スタンプラリーをしているみたいでそれも嬉しい。通路兼くつろぎスペースには温泉のオリジナルグッズや古書が並んでいる。
平日の夜ということもあってか、時間が遅くなるにつれて人が少なくなり、露天風呂は貸切状態の時間もあった。ここのぬる湯の炭酸泉がこの上なく最高で、温かい内湯や露天風呂で体の芯を温めてからこの炭酸泉に入るのぎ至福でもう言葉にできない。わたしはサウナに入らないので「整う」という感覚がいまいち分からないのだが、多分それに近いと思う。
お風呂を出たらもう外は真っ暗。自販機でお風呂上がりの瓶のコーヒー牛乳を買った。

いつもは家族や友人など誰かと来ていた場所にひとりで来ると不思議な気分になるけれど、一人だってどこへでも行けるんだということを思い出させてくれる。一人旅は癒しでもあり、勇気の貯金だなと思った。

後ろ髪を引かれながら、仏生山温泉を後にし、夜のことでんに揺られて再び高松築港駅へと戻る。
牛丼でも食べて帰ろうかなと思ったけれど、たくさん歩いて疲れたので、もう人と対面する気力もなく、コンビニで軽食を購入してホテルで食べた。
