数日前、家族と夕飯を食べるために焼き鳥屋へ行った。その焼き鳥は家から1キロメートルくらい離れていて、大きな交差点も越えるので近所とはいえ少し距離があった。

 

身支度を整えて家を出る。席はわたしが支度をしている間に電話で確保してくれたらしい。歩き始めると雨がぱらぱらと降り始めた。春の雨は気まぐれだ。フード付きの上着を着てくればよかった、取りに帰ろうかなと思ったけれど、時間のことを考えてそのまま焼き鳥屋へ向かう。

 

焼き鳥屋に着く。つくね、こころ、せせり。炭火焼きの焼き鳥はどれも格別に美味しい。ももは人気だったようですでに売り切れだった。締めに食べたピザがふかふかで美味しかった。さあ帰ろうとお会計を済ませて窓の外を見ると雨がしとしと降っている。帰りには傘を買うコンビニもないし、走って帰るには少し遠い。

高校生の時、急に雨が降った日の部活帰りに、友人かつ部活のマネージャーであるCと「今日、あれやる?」と言ってたまにやるイベントがあった。それは傘をささずに自転車で雨の中を走って帰ることだった。車のほとんど通らない裏道をずぶ濡れになりながら自転車を並べて走る。坂道はまるでアトラクションみたいだった。このイベントは電車に乗らずに家に帰ることができるわたしたちだけの特権だった。ビジュアルなんて本当にどうでもよくて、とにかく気持ち良くて開放感があって自由だった。

 

 

いつからかずぶ濡れになって帰ることなんてなくなってしまった。コンビニで傘を買う、どこかで雨宿りをする、タクシーに乗る。雨を回避する方法が思い浮かぶようになったのか、浮かんでしまうのかどちらかは分からない。雨に濡れた時の不快感や濡れた服のこと、人からの視線、リスクの方ばかり考えるようになった。

 

焼き鳥屋の扉を抜けると、もうこのまま帰ろうと言って腹を括り、ただ急ぐこともなく雨に降られながら歩いた。初めはなんとなく難しいと思っていたが、歩き始めてみたら思ったよりも簡単だった。雨はあの時ほど強くなかったけれど、あの時の開放的な気持ちを少しだけ取り戻せたような気がした。

 

画像:MyléneによるPixabayからの画像