よくある苗字に埋もれたい

夫婦別姓を求める声が前よりもずっと強くなってきた気がする。

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わたしももちろん賛成だし、そもそも反対する理由が見当たらない。別姓にしなくてもいいし、苗字を変えたくない人はそのままでもいい。女性にとっても男性にとっても自分の苗字への選択肢がもっと増えればいいなと思っている。

 

実際のところ、自分が役所に入籍の手続きを済ませた後、苗字の変更に伴う手続きをこなすにはかなりの時間がかかった。警察署やカード会社、郵便局、奨学金......etc。思い出せばキリがない。書類を整えたり、実際にどこかに赴いたり、場合によっては手数料が必要だったり、手間もお金も存分にかかる。

 

ここまで読むと、夫婦別姓大賛成!どうして結婚したら夫の苗字に変えなきゃいけないんだ!おかしいだろう!!!というのが結論に思えるが、わたしの場合はちょっと違う。

 

よくある苗字に埋もれたい

不覚にも相川七瀬の夢見る少女じゃいられないのような語呂になった。


夢見る少女じゃいられない - 相川七瀬(フル)

 

わたしの旧姓は客観的に見てもかなり珍しい苗字だと言える。

苗字ランキングなるものに検索をかけてみると、18,000位台だし、日本全国に同じ苗字の人は300人もいないらしい。自分の出身県にどのくらいいるのか見てみると、たったの10人だ。その半数ってほぼわたしの血縁じゃん?という結果。生まれてこのかた、いとこや親戚以外に同じ苗字の人と出会った経験が全くない。

 

 

漢字も複雑で、テストを受ける度に「この苗字を漢字で書く時間もったいないわ〜」と小学生の頃からずっと思っていた。引越しを機に見知らぬ土地の中学校に入学したときは、名前の呼び方が全くわからないという理由でなかなか声をかけてもらえなかった。高校生からのあだ名は、必然的に“苗字の呼び捨て”になった(キャラ的に下の名前呼びやちゃん付けが似合わないという声も一部あり)。

 

 

嫌という程、もはや嫌を通り越して、読み方を間違われることや漢字を間違われることは日常茶飯事だった。おいおいちゃんとしてくれよと思ってしまうが、役所の人にさえ名前を間違えられることもあった。ただ一つ良かったのは、一つ一つを変換しなければ出てこないわたしの苗字を間違えずにメールや手紙で書いてくれる人は信用できるというバロメーターを得たことだ。これは余談だが、名前を覚えるのはコミュニケーションの第一歩である。その部分から間違うような人とはまともな信頼関係など築けるはずがないと思っているので、人の名前を間違えることには人一倍敏感かもしれない。

 

 

名前を打てば一発で個人情報が特定される

苗字だけでなく、さらにわたしを悩ませるのは、下の名前も変わっているということだ。親世代くらいの年代であったら、また少し違ったかもしれない。今は違う。読み方だけでいえばその辺にもごろごろいるような名前でも、どこから取ってきたんだという漢字を当てられたがために、フルネームを漢字で検索窓に打ち込めば一発で自分の個人情報がザーッと出てくる。

 

わたしがもし、研究者であったり、芸能人や著名人であったりするならば、旧姓を名乗ることで〇〇さんといえばあの人!というメリットもあったかもしれないが、残念ながらそういうこともない。

 

特にわたしが嫌なのは、学生時代の部活の記録が出てくることだ。しかも、その競技をまだ始めたての、記録がかなり悪いやつだ。ヒットするならせめて自己ベストを表示させて欲しい。

 

 

かといって、別にわたしは自分の旧姓が大嫌いだったという訳でもなく、苗字=あだ名=自分の代名詞だった訳で、人間の名前というよりはキャラクターとして確立している部分があった。20代になり、いずれ結婚をするようなことがあれば、その愛称ともおさらばなのか…と複雑な気持ちでいた。

 

 

超メジャーな苗字を名乗れる快適さ

そんなことを考えていたら、ひょんなことから結婚することになった。

夫は日本国内でもトップ争いをするような超メジャーな苗字だ。元からの知り合いにも3人はいる。会社や飲食店の名称の一部として使われているのも見かける。誤解を生みかねないので強調したいのだが、人間性に惹かれたのが結婚した一番の理由である。ただ、私にとっては棚から牡丹餅、その辺の体育館に収まりきるくらいの人数しかいない苗字から、いきなり苗字の大手に参入することができたのだ。

 

これもある意味人生で得たネタのひとつだと思って、しめしめと思ったのが正直なところである。案の定、結婚してすぐに同級生と集まって飲んだ場では、わたしの新しい苗字が普通すぎてウケるという話題でその場がドッと沸いた。色んな意味でありがとう夫よ。

  

夫婦別姓が認められるべき権利だというのはもっともなことだけれど、キラキラネームのように自分の本名に囚われてずっと生きていかねばならない辛さのようなものも存在している。過去といまは繋がってはいるけれど、名前が変わって、わたしに関しては新しい自分として新たな人生が始められたような気がしている。ただ長いものに巻かれるのは好きではないけれど、苗字に関してはマジョリティに埋もれるのも悪くはないかなと思う。

 

写真:Csaba NagyによるPixabayからの画像

初めての内視鏡(胃&大腸カメラ)体験記 〜ムーベンと苦い記憶〜

先日、人生で初めての胃カメラ&大腸カメラを体験してきた。

24歳を超えたあたりから、急激に体を壊しやすくなり、年1回のペースで胃腸炎にかかるようになった。少しエアコンの風にあたっただけで盛大に吐く(または)お腹が痛すぎてのたうちまわることが増えた。問診や触診だけでは特に原因は見当たらず、このままではスッキリしないので一回検査をしてみようかという話になった。

 

いざ予約することになり、日時を選ぶも早くて1ヶ月半後という混み様にまず驚く。

麻酔などの検査方法には3種類あったのだが、姉から胃カメラはしんどいという話を聞いていたので、麻酔で寝ている間に口およびお尻から通してもらう方法を大人しく選んだ。こちらが断トツで多いらしい。なお、麻酔に関しては歯医者さんなどでの部分麻酔ですらしたことがないのでこれも人生初である。

 

「お家に帰るまでが遠足です」とはよく言うが、内視鏡検査も似たようなもので、「検査食を食べてから通常のご飯を食べれるまでが内視鏡検査です」というのがもっと流布されるべきだと思う。できればもっと語呂のいい感じで。とにもかくにも、ただカメラを口や尻から突っ込むだけが内視鏡検査ではないのだ。

 

 

 

検査前日(主に検査食レポート)について

検査前日の朝食には、蒸しパンを食べ、白湯を飲んだ。食べ終わってから気付いたことだが、蒸しパンの上にはレーズンが5粒ほどトッピングされており、これは検査前日には控えてほしい食べ物だったようだ。どうやら小さい種のある果物(キウイ、スイカなど)や食物繊維の多いもの(野菜、キノコ、海藻など)は避けるべきらしい。分解しきれず、検査時に種や繊維が残っていると紛らわしいのだろう。

 

 

昼食と夕食は、あらかじめ病院で購入していた検査食(デリシア)を頂く。レトルトパウチが一箱のセットになっているものだ。実費負担は¥1,000。まず、昼食は野菜のクリーム煮とクラッカー。できるだけ見栄え良く盛ったつもりではあるが、なんとも味気ない。チェ・ホンマンであれば1口で平らげてしまうんじゃないかという量だ。問題なのはお味の方だが、クリーム煮は具材もゴロゴロしていて、鮭の入った北海道シチューっぽかった。悪くない。クラッカーは一回り小さく、かつ塩気を和らげたリッツ改めルヴァンプライムという感じだった。

 

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夕食は鶏雑炊と大根のそぼろ煮。左の鶏雑炊は胸肉?ささみ?が入っていたけどパサパサしてあんまり美味しくなかった。泣 ただし右のそぼろ煮は、結構クオリティが高い。大根もかなりとろっとろに煮込まれているし、とろみがちょうど良いのもさることながら、味付けが抜群だった。定食屋の付け合わせで小鉢にちょろっと盛ってあるくらいだったら、レトルトとは気づかないかもしれない。

 

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味気なさpart2

前日は、たったこれしか食事が取れない。人生のプライオリティにおいて、食に一番重きをおいている人間にとっては苦行としかいえない。

 

 

ムーベン(経口腸管洗浄剤)との闘い

ただ、戦いはまだ始まったばかり。翌日にかけて3種類の薬品を飲まなければならない。

まずは1つめの、下剤 ラキソベロン(10ml)はコップ一杯の水かお茶に溶かして飲むということだったが、ほんのり甘い砂糖水のような感じでクセもなく、難なくクリア。この日は検査に備えて12時前に就寝した。

 

 

翌朝、8時までに便が出ているはずだということだったが、夜中はおろか、早朝にも全く動きがない。これまでの努力を無駄にして、再度予約&検査食を追加購入することは避けたいところである。検査時間が遅いので、薬を飲む時間も全て1時間ずつ遅らせてもらっていた。この計算でいえば9時くらいまでは待つ余地があると思い、続いて8時前にガスモチン(腸管蠕動促進剤)を3錠飲む。待っていると予想通り8時半くらいにどっと便意が来た。

 

 

ここまでは順調に来たが、問題はここからだ。ラスボス ムーベンの登場だ。

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(参照:ムーベン配合内用液の基本情報(作用・副作用・飲み合わせ・添付文書)【QLifeお薬検索】

 

前日のうちに下剤の名前を確認していた際、既出の2点に関しては簡単に覚えられる名前ではなかったので容量で認識するしかなかった。こちらはどうか、ムーベン。ムーベン…ムベン……。無便!!!!?!!安直すぎないだろうか。これは製薬会社のせめてものユーモアなのだろうか。ムーベン自体の容量はおよそ500mlだが、これを4倍稀釈して飲まなければならない。しかも、最初の3杯は15分に1杯のペース、4杯目からはなんと10分に1杯のペースで飲んでいかなければならない。1杯ずつ稀釈して飲むのは手間がかかるので、2Lの天然水のペットボトルの水を少し空け、ムーベンを追加して薄める形をとった。いざ、飲んでみる。

 

 

……不味い。否応なく不味い。子供だろうが大人だろうが誰が飲んだところでたぶん不味い。ポカリやアクエリほどは甘くないし、しょっぱさも感じる。看護師さんがちょっと引きつった笑顔で、頑張って飲んでくださいねと言っていたあの光景が脳裏を駆け巡る。さっきまで微笑ましいとすら感じていた名称でさえ憎たらしくなってくるマズさだ。1杯目を飲みきる頃、「あ〜美味しくなってきた気がする。うんうん。大丈夫かも。人間ってすご〜い。適応能力ってすごいわ〜。」と自分を勇気付けていた。心の持ちようは大事だ。しかし、2杯目を口に含み、飲み込む寸前でぶちまけてしまった。辛い。これからトータルで12杯も飲まなきゃいけないのに。泣きたい。この時点で、大腸検査をすることが今後極力ないよう健康に努めようと誓うわたし。涙目。

 

ムーベンを飲む目的は、便の状態を透き通った水に限りなく近くし、大腸の状態がわかりやすくするところにある。これを飲んでから短いときで3分に1度くらいのペースで便意が襲ってくる。そしてその度に綺麗になっていく便。とにかくわたしの今日タスクは、2時間に渡ってこの作業をひたすら繰り返すことだった。ムーベンと自分との闘いだ。「BEN」いま何回目?

 


椎名林檎 - きらきら武士

 

気付けば、電車の中でとてつもない腹痛が襲ってきたときなどによくやるTwitterでのエゴサーチをしていた。「ムーベン 辛い」「ムーベン 不味い」。みんなそうだよね、わたしだけじゃないよね…と普段集団意識もクソもない人間が誰かの共感を得るのに必死だった。

 

ただ、ここで一筋の光が見えてくる。確かに用意されたムーベンの量は2Lだが、あくまでもこれは最大量である。わたしの大腸は従順にハイペースで便を排出し続け、気付けば6杯目を目前に、目的の “ほぼ透明で固形物がほとんど浮かんでいない状態” まで来ていた。トイレに行く合間を縫って、慌てて看護師さんへ電話すると、「頑張ってもうちょっとだけ飲んで、でも本当に無理になったらまた電話してください」と言われた。

 

それから30分間粘り、涙目になりながらもムーベンを飲み続ける。途中から気付いたが、飲んだ後に口に残る後味がなんとも言えず美味しくないので、緩和するために一回毎に口をゆすぐのが効果的だった。鼻をつまみながら極力舌で味を感じないようにするという古典的方法ももちろん試した。そして、もう喉がムーベンを受け付けなくなった頃にもう一度電話して、看護師さんからようやくムーベンSTOPの許可が下りた。そこからは脱水症状にならないようにこまめに水分を取りつつ検査時間を待つ。

 

 

いよいよ検査

ここまで来てやっと本題である。結論から言えば検査はあまりにもすんなり終了した。点滴を打ちながら、氷の苦い粒を舐め、言われるがままに横になってマウスピースをはめていたら、いつの間にか気を失っていて夢を見ていた。高校時代の親しい友人と会う夢だった。看護師さん二人に抱えられてベッドまで辿り着き、しばらく横になっていたら目が覚めた。

 

良性の大腸ポリープを一つ切除したらしい。多少お腹に痛みを感じるのかと思っていたら、全くそんなこともなかった。胃・大腸ともに写真を見せてもらったが、素人目ながらにもツルッツルで健康的そのものだった。結果、わたしの胃腸はただ敏感というだけだった。前回から処方してもらっていた漢方を出してもらって病院を後にする。検査自体は10行にも満たない内容ですんなり終わってしまったことに拍子抜けした。

 

 

内視鏡検査、クライマックスへ

しかし、これで終わりではない。しばらく横になったあと、看護師さんから「大腸ポリープ切除後の食事について」の用紙を受け取っていた。3日は消化に良い食事をとってくださいとのことだった。悲しくて思わず、看護師さんに「ラーメンはダメですか?」「じゃあお寿司はダメですか?」と聞いたけれど、答えはいずれもNOだった。用紙に書かれていた食事内容は “熱を出した時に食べられるもの” そのものだった。実のない茶碗蒸しってなんだ。野菜スープの上澄みってなんだ。

 

 

色々言いたいことはあるが、餃子と卵をグツグツしたものをおじやのようにして食べたり、テンションは上がらないけれど消化は抜群にいい食べ物を食べ続けた。根は真面目なのだ。矛盾しているようだけれど、マックやラーメン、お寿司やピザなどのジャンキーな食べ物を食べるために健康を維持しているような気がしてきた。食べ過ぎでは完全に食べられなくなってしまうので、程よいペースを保ち、野菜などの栄養を取りつつも隙を見つけてはジャンクフードを食べる。この時期はとにかくマックのグレープソーダフロートがマジで最高。

 

 

そして検査から3日目の夕方、ようやく念願の “ちゃんとしたご飯” を食べに行く。

みんな大好きサイゼリヤ。これでやっと長かった一連の内視鏡検査が終わる。

 

店員さんが注文を取りに来てくれて、夫と顔を見合わせた。とてつもない臭いが辺りに立ち込めている。店員さんが強烈なワ⚪︎ガだったのだ。体質的な問題はなかなか解決するのは難しいし、その中にもほんのり甘い香りも漂っていたので何かしらの対策をしているのかもしれない。ただ、今日だけはどうかやめて欲しかった。その人がすごくイヤな人間だったら良いのになと思った。良い人そうだったのが余計に何だか辛い。

 

 

しまいきれない悲しい気持ちを胸に抱えながら、アーリオオーリオに青豆のサラダを混ぜたパスタを食べた。美味しかった。ニンニクの香りがいつもよりも余計に良い香りに感じた。

 

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気分転換のために間違い探しをしたけれど、最後まで残りのひとつだけが見つけられなかった。わたしの初めての内視鏡検査は、いろんな意味でほろ苦い思い出となった。


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写真:著者撮影(iPhone6を使用)

わたしが夏を嫌いな理由 ーーノースリーブが似合いたい人生だった

夏はわたしのもっとも苦手な季節である。僕が夏を嫌いな理由はだいたい100個くらいあって〜とか思わず替え歌を歌いたくなってしまうな。

 


くるり - ハイウェイ

 

そもそも単純に暑さに耐性がない。どんなに平静を装っても、汗がどくどく溢れてくる。夏でも全く汗をかかない人、単純に新陳代謝が悪いだけ?なのかもしれないけど、汗をコントロールできない側からすると憧れがすごい。

 

好きな季節ランキングは、秋がずば抜けて一位である。その次に冬が来て、かなり間をあけて同率3位に春と夏がランクインする。ランクインというか、どちらが4位かを争うくらいにどちらもその季節が近付くだけで憂鬱になってくる。たまに、わたしとは正反対に “夏がとにかく大好きな人” がいるけれど、本当に羨ましい。できることならばあなたの冬とわたしの夏をトレードさせて欲しい。

 

とにかく冷たい空気が好きだ。程よく厚着をしながら、自然の涼しい空気にあたり、西日の差す部屋で本を読む時間は最高に幸せな人生の過ごし方だと思う。きっとわたしの祖先を遡れば、北半球の寒いところに住んでいたのだろう。

 

 

夏の何がイヤだって、エアコンが辛い。秋冬の外気の涼しさとはまるで違う。せっかく外の気温に合わせて薄着をしたっていうのに、室内(特に地下鉄)のエアコンの効きが半端ないのは、一体どういうつもりなのだろうか。夏がくるたびに、矛盾しすぎだろ…と疑問に思って仕方がない。いまでこそ薄手の上着を忍ばせるということを覚えたが、高校生のいまよりもよっぽど無知で無能だった頃は、冷房にあたって冷えた体にガスが溜まっては内部爆発が起こり、勉強に集中するどころではなかった。

 

 

そして何よりもネックなのが服装だ。とにかくわたしは肌を出したくない。隠さなきゃいけない傷があるわけではないが、極力七分袖よりも長いものを身にまといたい。肌の露出を最小限に抑えながら、30℃後半の高温に耐えることができ、かつ室内の冷房に耐えられる服装をするにはかなり緻密な計算が求められている。一部の人間にとって、夏はもっとも服を選ぶのが難しい季節だ。

 

 

いま流行りの、片方の肩を丸出しにする服に対する理解力がほぼない。

確かに、似合っている人は「肩が綺麗だな〜」とは思う。しかし、流行ならばなんでもいいのか。あれは果たして可愛いのだろうか。一時期グラディエーターサンダルが流行っていたが、英語のおっさん教員が室内履きとして使っていたイメージが強すぎて、どうしても抵抗があった。

ただし、クリアバッグに関しては「百貨店スタッフの休憩じゃあるまいし…」と思っていたくせに、気付けば昨年バンブーのバングル付きのものに一目惚れして買ってしまったのでこの場を借りて謝罪します。ごめんなさい。可愛いものは可愛いんだよね。

 

 

もしわたしが華奢な可愛らしい女の子だったら、その片方の肩が出た服もきていたのかもしれない。

しかし、現実にわたしがその片方の肩が出た服を着たところで、自衛隊かターザンあたりにしかならないのだ。匍匐前進をいいタイムで遂行する自信ならあるが、街中を出歩く自信はない。

 

よりハードルの低いであろう一般的なノースリーブを着たとしても、良くて練習中の野球部にしかなれない。

 

ちなみに理想はバチェラー2ndシーズンに出ていた小口那奈子さん。

www.instagram.com

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現実

遺伝なのか昔から筋肉質で、華奢な体つきとは無縁だった。ストンとしたまっすぐな腕に憧れる。運動するとあっという間に筋肉隆々になる。中学〜高校時代は超体育会系の部活に入っていたので、スクワットや腕立て伏せ、懸垂、プランクなど、筋トレがいつも身近にある環境だった。

 

肩や腕だけに注目すると、わたしのシルエットは吉田沙保里さんとか浜口京子さんなどの女子レスリング選手のそれに近い。だから、引退してからお洒落に勤しんでいる姿を拝見すると服を選ぶ基準っていかに腕の存在感を小さくするかだろうな〜と勝手に共感してしまう。

 

 

唯一わたしが袖なしの洋服を着れるのは薄手のカーディガンと合わせて一切その上着を脱がないという方法一択のみ。ちなみにこの写真、隣(左)は高校生の時に我が家にホームステイをしていたインド人の女の子なんですけど、わざわざ再会したのに行った店がカレーがあったからという理由でSoup stockというチョイス(撮影者:姉)。

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ちなみに今はこのカーディガン、さらに腕がパンパンで入りませんが。汗

いつかはわたしもノースリーブで街中を闊歩したい。単純に10㎏くらいがっつり痩せたら腕も自然と華奢になるのかもしれない…とは思うが、やっぱりわたしにはノースリーブ<<<<<食です!!!!! とにかく夏、ほんと早く過ぎ去ってくれ〜〜〜。

 

G20大阪サミット期間真っ只中の大阪で飲み歩きレポ 〜牡蠣とラーメンとわたし〜

2019年6月29日。

電車に揺られるわたしの片手にはKanzo、もう片方にはレモンチューハイ。

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これがないともう胃がやってられません

ごめん、同窓会には行けません。いま、G20大阪サミット期間真っ只中の大阪にいます。

 

夕方にメインの用事が入っているので、昼過ぎからの飲み歩きのタイムトライアル。

正直行きたいお店が山ほどあったのだけれど、人がまあすごい。そもそも土日に大阪駅にくること自体が自爆行為よね。関西にきてまだ数年なわたしは、大阪の地下街のわからなさがすごいので、生粋の関西人の夫に道案内は全てお任せであります。オットに、お任せ!

 

すしまるでよいちょまる

まずは、空腹を満たすため炭水化物を投入〜!ってことで、事前リサーチで特に気になっていたこちらのお店「牡蠣とワイン 立喰い すしまる」にて寿司をキメます。

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牡蠣殻がまるでスイミー?な外観。目はどれ?

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頭上にはワイングラス、各種ワインも見受けられます。

一番のお目当はもちろん、牡蠣、カキ、KA-KI!!!!!

選べるソースは岩塩レモン、わさび、タバスコ、トマトソース、ウイスキー(!?)の5種。全部試したいところではあるが、如何せん一人につき2個までという厳しいルール付き。きっつー(フミコ・フミオさん風)。ただこれ、一個200円なんですよ。最高すぎませんか?!??そりゃ上限設けるのにも納得するしかない。

 

やっぱり最初は安定のさっぱりでいきたいよね〜ってことで、岩塩レモンとわさびをチョイスしました。見てください、このツヤツヤさとプルプルさ。まるで宝石のようにキラキラと輝いております。美しい。

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岩塩レモン、これは文句なしにハズレなし。当たり前に旨い。続いてわさびをキメます。わさびって絶対に合うのに、いままで牡蠣と合わせて食べたことはなかったのですが、これがもう大正解だった。レモンよりもさっぱりするし、こっちの方が断然食べやすい。塩レモンだと、2個くらいでいいかなってなるのが、多分わさびだったら倍くらいイケます。次もわさびは固定で、もう一つをお酒入りソースで楽しみたい。

 

そしてこれから美味しい季節がやってくるねの鱧。わたしは関東に四半世紀住んでましたが、正直鱧なんて食べる機会0。むしろ生で見る機会すらなく、全然馴染みがありませんでした。関東にお住いのみなさん、鱧食べる機会ってなくないですか??

それが関西に住んでびっくり。余裕でスーパーにも並んでいます。いまでは毎年の夏のお楽しみになりつつある。この独特な弾力とフワフワ感?がたまらん。天ぷらとかも美味しいんだよね。

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梅肉と合わせるのが最高

その他にも、サーモン、はまち、えんがわ、いわしを放り込んでサクッとお会計へ。

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ここはマジで最高でした。大阪の地下街、飲食店が有り余るほどにあるので迷いがちだけど、ここは間違いなし。すしまるでよいちょまる〜。よいちょまるなんて実生活で使うことなったから使ってみたかったのだ。語呂よ。

 

続いて梅田方面へ歩き、シルコ・リクエストでGong Cha梅田茶屋町店へ。

到着して行列に並び始めたものの、この右側には建物に沿うようにL字型にずら〜っと長蛇の列があることに気付き、やむなく断念。ざっと見積もって1時間強くらいだろうか…?フェスの物販なら余裕でこのくらい並べるけれど、さすがに500円弱のタピオカ一杯のためにわたしは並べなかったよ。南〜無〜。また平日にリベンジすることにして断念しました。こういうときこそ、決断力が試されるのだと思う。

 

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大阪駅周辺はお店が密集しているので、徒歩で移動できるのが利点だけど、足がめちゃんこ疲れるのが難点である。ゴンチャの行列を見て人疲れしたこともあり、喧噪から離れるため、揚子江ラーメンへ。

 

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地下の安心感。

揚子江ラーメンと蒸し餃子で胃を休憩させつつ、キリンラガーで一杯。

このラーメン、鶏のお出汁だそうで、めちゃんこあっさり。胃に染み渡ります。

 

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このプリプリな蒸し餃子も美味でしたが、ワンタン麺もおすすめらしいので次の機会には是非ワンタン麺にトライしたいところではある。 

 

G20サミットの交通への影響

G20サミット期間中の規制や高速道路の通行止について、TVでも連日注意喚起がなされていたのでかなり心配なところではありました。物騒な話だけど、下手に人の多いところに行ってテロにでも巻き込まれたらどうしよう…とか考えても仕方のないこのご時世。

 

実際のところは、大混乱というほどのものはなかったんじゃないかという感じでした(その前日や前々日など平日は不明)。ちなみに、下の写真が大阪駅を出てすぐの歩道橋からの景色ですが、早速交通規制を発見。部分的に規制されているところが多い様子。


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通行止めになっていた左の道路の様子

「なんだあんまり影響ないじゃん…」と思いつつ、りくろーおじさん大丸梅田店へチーズケーキを目当てに行ったところ「G20の影響でチーズケーキは品切れ中です」との文字。シルコ・リクエストのタピオカに続き、チーズケーキも粉砕。ここにしわ寄せが来ていたか…と落胆しながら歩き回っていたら、約束の時間に近づいてしまい、西長堀の焼き鳥屋へ向かうため、タクシーに乗り込みます。

タクシーのおっちゃん曰く、この日(6/29)はかなり車が少なかったそう。乗車した場所から目的地まで15分ほどの距離でしたが、途中に所々通行止があり、遠回りをする必要も。他県からも警察を招集しているだけあって、随所に警察官が見受けられます。

 

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この左側一帯は通行止めがされていて、というのもそのあたりにプーチンさんの泊まっていたリーガロイヤルホテルがあるとのこと。前回プーチンさんが日本に来た時は皇居の近くにおり、同じく大規模な交通規制に遭遇したのですが、やっぱりちょっと滅多にない経験だからワクワクしちゃうよね。ミーハーじゃないとは自分では思ってるつもりだけど、ちょっと写真とか撮っちゃうよね。

 

予定時間より5分ほど遅れ、西長堀の焼き鳥屋到着。G20よりも何よりも、タクシーの運転手さんの勤務がぶっ続けで20時間と聞いてびっくりでした。とても感じの良い運転手さんだった。焼き鳥を頬張りつつ、夫や同僚のおじさま方とひたすら4時間半しこたま飲む。

 

 

解散し、〆の一杯は神座にて。しこたま飲んだあとの「野菜いっぱいラーメン」はちょっとボリュームがすぎたけど、このスープを飲めただけでよし。りくろーおじさんもだけど、神座も店舗がかなり限られているので、できるだけチャンスはモノにしていきたいのだ。ただし、今日ラーメン食べすぎな件について。

 

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大阪は最高

関東人からしてみると、近畿地方のなかでも大阪ってずば抜けて一番コテコテの関西人!ってイメージが強くて抵抗があったんだけど、今は「大阪に住みたい」感がすごい(むしろ京都人は怖い)。東京まで行かなくとも、行きたいお店(主に食べ物)が集結してるのが魅力的すぎる。ただし、都会はマジでテロに気をつけよう&地下街の地図頭にインプットしたい。

 

写真:著者撮影(iPhone6を使用) 

生きづらさを感じるすべての人に観て欲しいドラマ『すいか』の話

私が感じる生きづらさの中で、特に原因のひとつと思われることは、たった一ヶ月のなかでも自分の人格がころころ変わっていくことにある。主にその人格は大きく二つに分けられていて、端的に表せば「自信に満ち溢れた自分」と「自分をゴミクズだと思う自分」というのが妥当だと思う。ホルモンバランスが大きく関係していることは自分でも自覚しているけれど、なかなかコントロールするのは難しい。

 

かといって、“二重人格”とは違う気がする。思うに、二重人格とは常に両者が共存できる状態にあると感じていて、これはあくまでもわたしのイメージの話なのだが、わたしの場合は月の満ち欠けのように、満月のように光に照らされた自分がいる一方で、徐々に三日月から新月へ月が陰っていくように、一定のリズムで人格が移り変わっていく...という感じだろうか。*1

 

ワタシは最高にツイている

このブログのなかでは憂鬱な記事が多いため、わたしは常にブルーな人間に見られているかもしれない。自分を客観視することを常に意識しているつもりではあっても、どれだけ意識したところで主観でしかないから、他人の目からどのように見えているのかは気になるところではある。わたしは画面の向こうのあなたの目に、どんな人間に映っているのだろう?

 

特に好調なときは、自分のことが好きだと自信を持って言える。小林聡美さんのエッセイのように「ワタシは最高にツイている」」と思っている。こんなに人に恵まれて、面白いネタが有り余るほどにある人生はなかなかない。もはや、「私は天才だ」とすら思えることだってある。この時期は何をするにも上手くいく傾向が強い。良い波がきたらほぼ確実に乗りこなせる。

 

一方、もう一人の陰の自分が出てくる頃には、自信に満ちた自分はどこかへ行ってしまう。存在意義がわからない。本当は色んなことができるはずなのに、自分は何も出来ない、無能で価値がなく、ゴミクズのような誰にも必要とされない存在だと思い込んでは泣きたくなる。

 

そういうときは、「みんな居ていいんです。」という浅丘ルリ子の台詞を思い出すことにしている。生きていくのに大切なことの3割くらいを、この作品に教えてもらった。大げさかもしれないけれど、本当にそうだ。わたしも過去に死にたいと思いながら生きながらえていた人間で、だからこそ、そういう境目にいる人を救いたいと思っている。それがわたしの使命のひとつだと、本能的に感じている。

 

この作品に出会ってから、わたしの生きづらさは幾分マシになった。だから、生きづらさを感じている人には是非一度この作品に触れることを心からおすすめしたい。私は偏った人間で、人に何かを勧める行為は相手からの相当な尊敬と信頼がないと出来ないと思っているので、安易に人に何かを勧める人が苦手だ。よほどの要求がない限り安易に人に何かを勧めることはしたくない。わたし自身、人に何かを勧められるほど出来た人間ではないが、これだけは心から生きづらさを感じている人みんなに見て欲しい。

 

すいか

突然、ふとどこからともなくすいかの香りがしてくる時がある。あの独特なウリ科の匂いでさえ私にとっては愛おしい。『大好き!五つ子』で、のんちゃんが半分にすっぱり割ったすいかをお玉ですくって食べるのに憧れた。これと言った結婚願望はなかったものの、「夏になったら毎日嫌という程すいかをお腹いっぱい食べられるかも。」という安直な理由から、すいか農家の人とだったら結婚してもいいかな〜と考えていたこともあった。上から目線にもほどがあるが、そのくらい果物のすいかが昔から好物だった。

 

中学に入りたての頃、大塚愛の『さくらんぼ』がとにかく流行っていた。カラオケの履歴には必ずと言っていいほど入っていたし、お店の有線でもTVからも、どこに行っても自然と耳に入ってくる。同級生に好きなタイプを聞くとだいたい「大塚愛」と返ってきたし、私の好きだった男の子もそのうちの一人だった。その大塚愛のデビューシングル『桃ノ花ビラ』が主題歌に使われたのが、ドラマの『すいか』だった。

 

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生きているといろんな人に出会う。感心したり、呆れたり、嫌な思いをしたり、あるときは感動を覚えたりもする。人情なんて捨てたもんじゃないと思うときもあれば、すれ違う人すべてが鬱陶しく感じられてしまう日もある。

このドラマにも、いろんなタイプの人間が出てくる。職業でいえば、大学生、就職浪人、エロ漫画家、信用金庫のOL、大学教授、スナックのママ、専業主婦、広告マン・・・etc。「職業に貴賎はない」ということを示すために、これだけの人が意図的に登場してくるのかもしれない。

 

 

主人公は小林聡美演じる早川基子、34歳。実家暮らしの信用金庫に務めるOLで、基子の同僚であるキョンキョン演じる馬場ちゃんが3億円を横領して逃亡することから物語が始まる。

 

正直このキャストの中でキョンキョンって浮いてない?というのが、観る前の感想だった。鑑賞後、馬場ちゃん役は「小泉今日子」だからこそ務まるのだと思った。何事も卒なくサラッとこなして、いつの間にか会社の金を3億円も横領して、警察に捕まることなく逃亡生活を続けていく馬場ちゃん。絶望と希望の人。

 

基子さんと馬場ちゃん、ベタベタに仲良しというわけではなく、一定の距離感を保ちつつ、でもお互いの本質を理解しているところが理想的な友人関係だなーとわたしは思う。逃亡中に手紙に添えて送られてくる顔はめパネルの写真は本当に最高なので、注目して欲しい。

 

死者と生きる人たち

生きてるってなんだろう、と 何歳になっても考える。わたしはこの数年間で相次いで叔父を二人も突然亡くした。愛する文鳥もそうだ。身近なひとが亡くなることは、自分の生かされている意味をより深く考えるきっかけになる。

 

どの死もあまりにも唐突だった。叔父に至ってはふたりとも、「まだまだ人生これから」という年齢だった。だから私はなおさら、生きていることが馬鹿馬鹿しくなってしまった。必死に毎日時間と労力を犠牲にして、ようやくゆったりした日々を送ろうという矢先に死ぬなんてあまりにも残酷すぎる。同時に、先のことばかり考えるよりも、いまのことを一番大切に生きるべきだと思った。

 

『すいか』のなかでも、死んだ人が帰ってきたり、向こうの世界から迎えにきたりする。

 生きることにそれほど大した意味は本当はないのかもしれない。というか、なくても良いのかもしれない。ただ、自分の意思に反する生き方をすることだけは、わたしは違うと思う。不満や不甲斐なさは生きていればつきものだけど、それを少しでも減らして自分の信念に従った生き方をするべきだと思うのだ。人生は誰かのためのものでなく、自分のものなのだ。

 

わたしが感情移入してしまうのは、一番は主人公の基子さんだけれど、ある部分ではともさかりえが演じている絆さんにも共感する部分が多い。絆さんは、由緒あるお家の生まれにして、自分の夢を叶えるためにエロ漫画家になった。実家を逃げるように出て、シェアハウス「ハピネス三茶」で家賃を滞納しながら漫画を書き続けている。

 

絆さんが基子さんを救うために、ずっと帰っていなかった実家に忍び込むシーンがあって、たまたま帰ってきた父親の後ろ姿をこっそり眺める姿がどうしても自分に重なってしまう。(わたしの場合は、上手く忍び込んだつもりが予定を早めて父親が突然帰ってきて、修羅場になったことがあった。)

 

いろんな人がいて、その分いろんな親や家族がいて、中には人を自分の持ちもののように扱う親もいる。たとえそれが独占欲からくるものだろうが、愛情からくるものだろうが、人に示された人生を生きていくことほど馬鹿馬鹿しくて意味のない生き方はない。

 

独立記念日」 

自分と条件が似ている人と自分を比べてしまいたくなる。同級生が成功して超有名人になったとか、あの人は自分よりもずっと稼いでいるとか、結婚して子供も生まれてあんなに立派なマイホームを手に入れたとか。基子さんがいうように人は数字にこだわりすぎている気がする。そんなのくだらない。

 

「負け組」とか「勝ち組」とか、人生を勝ち負けで決める必要はない。

どれだけお金がなくても、日の目を浴びなくても、その人がその人らしい生き方をすることが大事なのだと思う。わたしは正直、目に見えるものや数字にこだわっていた人間だったけれど、『すいか』を見てからそう思えるようになった。

 

わたし自身、10代の半ばからおよそ10年間、ずっと生きづらさを抱えながら生きてきた。それは単純に自分の意思を無視して、誰かの言うように生きるしかないと絶望して、それに従うしかないのだと思っていたからだった。いまになってやっと、自分らしく生きられていると感じられるのは、自分の意思を尊重するために戦ったからだと思う。自分のために独立戦争をして「独立記念日」を手に入れたからだ。

 

 

生きるのがしんどくなったら、ビールでも第3のビールでもストロングゼロでもいいから、とにかく好きなおつまみやスナック菓子をたくさん並べて、このドラマを見て欲しい。もしかしたら、これからの生き方が変わるかもしれないし、全然変わらないかもしれない。でも、とにかくここで伝えたかったのは、みんな居ていい。

 

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*1:新月が陽で満月が陰なのか、厳密なことはわからないのでその点には深く触れないでおく。

わたしのヤバい家族と家族コンプレックスについて

よく衝撃的な出来事を目の当たりにして「ドラマみたい」なんてことを言うけれど、事実は小説よりも奇なりと言われるように、現実には自分の想像を絶するような奇妙な出来事はたくさん起きているのだろう。

 

 

毎週待ちわびていたドラマ『向かいのバズる家族』がとうとう先週最終回を迎えてしまった。いまはまだ、木曜日の虚無感に苛まれている。どこにでもいる普通の家族がある日突然 “バズる” ことによって家族解散へと追い込まれるという内容。このドラマを見ていて一番に思ったのは「このドラマの内容よりも自分の家族をドラマにしたらもっとキョーレツだな」ということだった。

 

 

家族の呪縛

小さい頃のわたしは「ずっと子供でいたい」という気持ちよりも「早く大人になりたい」という気持ちの方がよっぽど強かった。一人で何もできないことが歯がゆかった。少なくとも実家に住んでいるうちは、自由だと感じられることなどなかった。自分の思うように生きられない、自分の人生を選ぶことができない。毎日が絶望の連続だった。人に干渉されることほど苦痛なことはない。

 

 

この数日「箸の持ち方」がツイッターのトレンド入りしているが、わたしの親も躾には異常なまでに厳しい親だった。箸の持ち方が上手くできないと、ご飯を食べさせて貰えない。ご飯を一粒でもお茶碗に残していたら怒られる。味噌汁にご飯を入れて食べようものなら「これは人間の食べる飯じゃない」と玄関に持っていって口で食べろと言われた。大学時代に学校近くの定食屋に行き、隣で食べていた友人が「お腹いっぱいになっちゃった〜ごちそうさま」と三分の一以上も生姜焼き定食を残したときは、心の中で(そんなのいけない…)と思って「残すの申し訳ないから代わりに全部食べるよ」と言って友人の分まで食べきったのも、この“躾”が影響していると思う。幼少期、寝る前は必ず正座をして、父に向かって「おやすみなさい」というのが決まりだった。

 

 

オミソ・シルコの家族プロファイル

わたしにとって「家族」は「帰りたくなるあたたかい場所」ではなく、呪縛であり、時には息の詰まる場所、そしていまでも強いコンプレックスの一つだ。

 

家族を呪縛のように感じてしまう諸悪の根源は間違いなく父親だ。いまでこそ物理的な距離のあるおかげで戦いが勃発せずに済んでいるけれど、高校生のときは胸ぐらを思いきり掴んで投げようとしたこともあるし、包丁で親を刺し殺したというニュースは他人事とは思えない。父親の母、つまり祖母は女学校の先生、そして父方の親戚は国立大学出身のエリートばかりで勿論父親も国立大学出身だった。高学歴を良しとしている一族だ。なお、父の兄は蒸発している。母と結婚した頃は、スリムで、『Dr.コトー診療所』のコトーに風貌の似ている、アコースティックギターフォークソングの似合うような青年だった。私が5歳くらいの時、交通事故に合い、生死を彷徨うような体験をしてから、性格がまるっきり変わってしまったらしい。いつからか眉間には男梅のように深いシワが入り、外見・内面ともにまさに “頑固親父” そのものだ。どこへ行っても「先生、先生」と呼ばれる立場だったこともあり、自分の通った道こそ正しい道だという信念を頑なに捨てない人間だった。

 

母は専業主婦。いまでこそ白髪の目立つ初老のババアになってしまったが、昔の写真を見るとひときわ目立つ美人だった。一時期は芸能活動をしていたらしく、番組で貰ったという木のお面のようなオブジェが実家に飾ってあったり、アルバムの中にはオーディションの様子や、牛乳のキャンペーンガールになったときの凱旋パレードの写真が残っていたりもする。そんな母は変わり者で、一時期姉と一緒に母は魔女なんじゃないかと疑っていたこともあった。“母の教え”といえば「人に優しくしなさい」のような、母性を感じるような教えが一般的には多いような気がするが、自分の母親からは「何事にも懐疑心を持つこと」「発想の転換が大事だということ」「女の嫉妬は怖いということ」の3つをしつこく叩き込まれたように思う。

 

 3つ上に姉がいる。顔のパーツや背格好が似ているくらいで、それ以外は全く似ていない。わたしが鋭い気の強い人間な一方、姉はほんわかしたのほほんとしたタイプ。それでも中高生のときはわたし以上に荒れていた。内緒でバンドをやったり、バイトをしたり、眉毛を全剃りにしたり。ただただ両親への反抗の礎を築いてくれたことには感謝しかない。高校時代、姉の成績が悪すぎて、激怒した父親にガラケーを逆パカされ、退学寸前にまでなった。実家のわたしが使っていた部屋のクローゼットに今でも退学届がしまってあるはずだ。バンドマンの彼氏と付き合ってもう7年くらいになるが、父は断固として結婚を認めるつもりは無く、今年の頭にはお見合いをさせようとして姉と言い合いになったらしい。2年くらい前から父親に黙って同棲し始めた。なお、わたしも大学生の頃から両親に内緒で友人とルームシェアをしていた経験がある。

 

 

平均的に生きることの難しさ 

学生時代に知り合った相手と結婚して、一男一女をもうけ、マイホームを買い、子供たちが成人して巣立っていく様を見守り、老後のスローライフを楽しむ…というような “当たり前の人生” こそ難しい。

『向かいのバズる家族』の家族のような、平凡な家族がわたしには夢のようだった。わたしにとって、 “仲の良い家族” は幻想でしかなかった。母や姉との関係は比較的良好だが、父親との関係は他人よりも遠かった。話すときは基本的に敬語、家に住んでいる生徒指導のおじさんのような存在。帰宅する途端に家の空気が凍りつく。わたしの親は、教育に関するものにはお金はかけるがそれ以外のものは無駄だと考える人間だった。誕生日に貰えるものといえば、新しい辞書や参考書、学習に関するものばかりで、クリスマスに至っては「うちは仏教徒だからそんなものはない」と言い放たれ、サンタさんの存在に幻想を持つ余地などなかった。おもちゃやゲームを買ってもらった記憶がない。

 

少し前に学校を舞台にした『明日の約束』というドラマがあったが、井上真央の母親があまりにも自分の父親を見ているようだった。父は、わたしの人生を自分の思うようにしないと気が済まないタイプだったのだ。部活動、受験校、就職先、結婚相手、口癖は「こんなことも知らないのか」と「常識だろう」だった。平気ですぐに人を貶すのだ。事あるごとに「おまえは鳴かず飛ばずだ」と貶された。褒められた記憶はほとんどない。正確に言えば、父の意向に沿うもの以外はほぼ全て否定される。家庭以外の場面で、何とかして自分に自信をつけることに努めてきたが、自己肯定感の弱さはここに繋がっているのかもしれない。

 

『SHORT TERM12』と性的虐待の父親 

平凡な家族には想像もできないような険悪で複雑な家庭環境はたくさん存在している。それは物理的な暴力だったり、言葉の暴力だったり、ネグレクトかもしれない。そして、円満な家庭に育った人ほどそういう家庭に対する想像力は乏しいことを今までの自分の身の回りの反応をもって実感した。わたしは悲劇のヒロインを気取っているなどと形容するような人とは距離を置くようにしている。ぶってるんじゃない、ただの悲劇な場合はどうしたらいいんだって話だ。

 

このニュースを知った時、ある映画のことを真っ先に思い出した。

www.excite.co.jp 

『SHORT TERM12』という映画がある。いわば児童養護施設のような場所、複雑な家庭環境に育った子供たちが住んでいるグループホームを舞台としている。

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グループホームで働く主人公のグレイスとある日入所してきた女の子ジェイデンは同じく父親から性的虐待を受ける経験を持つ。ある日、ジェイデンは自分の被害をグレイスへ暗に伝えるため、タコの物語をする。タコはサメと仲良くなりたい一心で、サメに「足をくれないか」と頼まれたら一本ずつ足をあげてしまう。そして最後には全ての足がなくなってしまう。

ジェイデンは自分の被害をどうにかしてグレイスへ訴えようとしていた。いくら虐待の事実が予想できても、自分の口で証言しない限りは父親から離すことはできないのだそうだ。そのくらい自分から被害を主張するのは難しいのだと学んだ。話の終盤で、ジェイデンの父親に復讐するために、寝込みを狙って父親の車のフロントガラスをバットで二人叩き割るシーンが最高にスカッとする。目に見えない背景を想像するには、常に想像力を鍛えなければならないと改めて思わされる作品だった。

 

 

黒歴史は笑いに変えることで昇華される

わたしは子供らしい幼少期を過ごしていない。

でも、わたしは同情をされたくない。可哀想だとは絶対に言われたくはないと思って強く生きてきた。

多感な頃、周りの環境と自分を比べるたびに自分を追い込んでいた。友人には悩みを相談できなかった。中学時代に男の担任に相談してみたこともあったが、「このくらいの時期はそんなものだよ」と一蹴された。唯一相談できたのは、保健室の先生と母子家庭で母親と兄との関係に悩む高校時代の男友達のMだけだった。

  

悲しいけれど、世の中には自分ではどうすることも出来ないことが一定数ある。その中で家族は最たるものだ。当時はそういうことを実感せざるを得なかったのと同時に、Mとお互いの話をしていると幸せな奴らに負けてたまるかという気持ちにさせれくれるのだった。中学時代、教室を抜け出して、ただ人目を避けて泣くしか出来なかった頃にはなかった救いだった。

 

 

それでもわたしは自分が不幸だとは思っていない。どうしても闇に沈んでしまうような日もあるが、自分で自分を不幸だと思ったら、どんどん悪循環に陥るだけで、もっと自分を不幸にするだけだということが分かっているからだ。悪循環を絶つのに有効なのは、自分の嫌な思い出や過去をできるだけネタにして笑いに変えることだった。高校生のとき、家族の話をネタにすると、どっと笑いが起きることに気付いた。ハプニングや嫌な過去も表現次第で笑いに変えられるなんて思ってもいなかった。それからは事あるごとに「ネタがまた一つ増えた」と考えるようになって、心が軽くなるのだった。ある時からわたしの人生は、超面白い、ネタの宝庫になった。

  

自衛隊の指令と鏡文付きの文書

父親との連絡手段はかつては主にメールだった。それもワンシーズンに一度するかしないか、実家に帰省する際の一行や二行に収まる簡単なものか、一方的に送られてくる長文かのどちらかだった。大学時代は、定期的に父親から自衛隊の指令のようなメールが届くこともあった。時には一番上にことわざが書いてある、学年通信のようなメールもあった。わたしが社会人になる頃からの連絡手段は、メールでなく書面へと変わった。

 

一年に一度送られてくる、父親の年間計画表には、仕事の予定から祖父の介護の予定などが詳細に書かれている(これが親戚中にも送られる)。

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時にはご丁寧に鏡文まで付けられている

最新の文書はこれだ。必ず末尾は「以上」で締めくくられ、一丁前な事務文書である。

冒頭の「必ず遵守し、履行しなさい。」あたりが、父親の押し付けがましい性格を顕著に表しているのではないかと思う。


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こんな父親の義理の息子になるなんて申し訳ないという気持ちで、結婚をする気は毛頭なかった。自分が家族を作るという未来が描けなかった。たまたま自分を気に入ってくれ、育った環境からお酒の好み、何から何まで意気投合できる相手に運良く出会ったので結婚したのがいまの夫だ。

 

初めて実家に連れて行ったときは、その場では結婚を承諾するフリをされ、2〜3日経ったあとで、「断固反対である。」という内容の長文メールを送ってきた。理解に苦しむ。挙げ句の果てには相手のことを「伸び代のない男だ。」とまで言われた。他にも挙げきれないくらいあるが、このことは父が死んでも許さないつもりでいる。結果的には、一年間に及ぶ戦いを経て、なんとか両親を屈することができた。

 

 

夫との生活はリハビリの毎日だ。実家から500㎞以上離れたいまの土地に引っ越してすぐの頃は、父親が見張っているような気分が払拭できない、突然父親から届く封書にビクビクして目眩のする日々だった。それでもいまでは、ようやくその呪縛から解き放たれ始めている気がする。自分の心を蝕むような存在からは、距離を置くしか方法はない。物理的な距離は心に余裕を生む。どんどん呪いが解け始めているのを実感する一方で、この戦いは父が死ぬまではずっと続いていくのだろうと思う。父親との戦いであり、自分の心との戦いである。この経験は、自分の弱さに繋がるのではなく、強さに繋がるものだと信じて戦い続けなければいけない。

 

 

最後に、自分のプライベートを切り売りすることには時にリスクを孕んでいるけれど、今までの人生を昇華したい気持ちで書きました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

【せんべろ】バーミヤンのハッピーアワーは盲点だった

ファミレス飲みの王者に君臨しているのは間違いなくサイゼリヤだと思う。

まずはデカンタ200mlを注文。小エビのカクテルサラダを前菜とし、続いてエスカルゴのオーブン焼きを追加オーダー、セットプチフォッカでエスカルゴの旨味が滲み出たオリーブオイルを余すことなく楽しむのがわたしの鉄板のコースである。その時の気分次第でワインを一杯ずつ追加していくのがオミソ・シルコのサイゼ・スタイル。

そんな王者のサイゼリヤも最近は全店でグラスがプラスチック化してしまったことが残念で仕方がない。とはいえそのグラスもかなり精巧に作られており、パッと見はガラス製に見間違えてしまうクオリティなのだ。

www.nikkei.com

ただやっぱりお酒はガラス製のグラスで飲みたいよね。ここだけはわがまま言わせてほしい。

 

 

盲目のサイゼリヤ信者にとって、盲点だったのがバーミヤンだった。

まともにバーミヤンで食事をしたのはもう15年以上前だろうか、まだ大叔母が存命だった時のことなので記憶がおぼろげになっている。祖母や祖父を交えた家族一同で定期的に食事に行っていた頃に一度みんなで行ったなあという微かな記憶。追憶へと導いたのは『帰れま10』のキムタクがゲストだったバーミヤンの回だった。キムタクのスター性に改めて感動を覚えたのと同時に、「えっ、バーミヤンめちゃめちゃ美味そうじゃない???」という気持ちが湧く神回だった。

 

それからというものバーミヤン行きたい...バーミヤン行きたい...と脳の一部をバーミヤンが占拠する形が続いていたのに、如何せん家の近くに店舗がない!ない……!東京に遊びに行った際にわざわざ吉祥寺へ行ってまでバーミヤンに友人を引きづり込んだくせに、1軒目でしこたま食べ飲みした私は結局タピオカミルクティーとドリンクバーしか摂取することができなかった。せっかくのチャンスを踏みにじってしまったのだ。

 

 

そして今回、そんな悔しい思い出にリベンジする機会がようやく巡って来た。

我々の手元にはジェフグルメカードという超心強い存在。頂き物のグルメカードを握りしめて、バーミヤン豪遊をするぜ。この世に人の金で飲む酒以上に美味い酒などないのだ。ワクワクが止まらない私は前日からメニューをチェック。すると目に入った「ハッピーアワー 平日14:00〜18:00限定 生ビール¥200」の文字!!!これは平日に行くしかない!!!


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とはいえ最寄の店舗といえば車を一時間弱走らせねばならず、私or夫のどちらかがその犠牲にならざるを得ない。昨日バースデーボーイだった夫に今回は飲酒の権限を譲り、残念ながら私は運転手になった。あービール飲みたい。

 

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閑散とした店内

14時を待って、いざ入店。す、空いてる〜〜〜〜!そりゃそうか、月曜日の真昼間です。不規則勤務の醍醐味を今日もまた味わうのであります。

 

朝ごはんも食べず腹ペコなので、とりあえず一通り食べたいものを注文。エビチリ、レタスチャーハン、タルタル唐揚げ、チャーハン&チキンチリのランチセット。この、チキンチリがマジで当たり。エビチリも最高に美味いんだけど、カリカリの唐揚げにこのチリソースがかかってるの、本当に食欲をそそる、そそる。写真ではすでに私に食された後です(ごめんなさい)。

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見事に写真を撮り忘れたので全部食べかけごめんなさい

夫用の生ビール来ました〜。ちなみにこのビールは2杯目。グラスもキンキン、最高です。やっぱり注ぎたてが一番だよね。一口目を飲むのを見届けてからの飲みかけのビール。ビールが来てすぐはどうか乾杯させて、世の居酒屋のホールスタッフの皆さんには、一口飲んでから注文を取りに来て頂きたいものです。わたくしめはホット烏龍茶です。あービール飲みたい(2回目)。

 

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今回はランチの延長的ラインナップだったので、次回(再訪決定)のための予習をば。メニューパトロールに入ります。まずはおつまみ小皿メニュー2品セットで¥500という圧倒的なコスパの良さ。しかもこの手の300円メニューといえば、枝豆や漬物、トマトスライスあたりの“盛って出すだけ”メニューが多いところ、バーミヤンはバンバンジー、水餃子、なんてのもあるのが良いよねー。かなりポイント高め。開発者、気が合いそうだなー。


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他にも、ラーメンからちゃんぽん系の麺類、青椒肉絲や回鍋肉などのTHE・中華的メニューにチャーハンなどのご飯ものに点心、さらには火鍋食べ放題など店員泣かせメニューの数々。しゃぶしゃぶなんてのもあったな。

 

さらにはアルコールのラインナップの良さ。サワー、ハイボール、日本酒、梅酒… 凍結レモンサワーなんてもう飲み屋じゃん。追いサワーが安くてサイコーだね。ハッピーアワー以外なら狙い目。

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ハッピーアワー以外の時間でも常時ワイン、梅酒、紹興酒の3種は¥100ぽっきりというサービス精神。ドリンクバーには完全に割もの要因の炭酸水があったので、好きにブレンドして飲んじゃってくださいよ〜って感じですね。

 

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個人的に気になったのがここ。「焼酎 ボトルキープできます」って、ボトルキープしてくれるファミレスなんて今までありましたっけ。バーミヤン、完全に居酒屋に憧れを抱きまくっておる。

 

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今回はチャーハンが2つ被ったのがお腹に溜まって、バンバンジーや点心系まで辿り着けないという結果になりました。復習は次回に最大限に活かしていこう。今回はTotal¥3,500弱でしたが、これだけ食べても安い。エビチリとかはクオリティが高いだけにこの値段でも大満足。


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次回は運転手役を交代してもらって、わたしもハッピーアワーを楽しみたい。昨日は夫の誕生日兼、結婚記念日でしたー。おめでとう私たち!!!

 

写真:著者撮影(iPhone6を使用)