いちごのショートケーキ

先日、前々から気になっていた四条大宮のフルーツパーラーとやらに行ってみようと思い立った。だが、気付けば閉店の時間を過ぎていたので、その代替案として京都のねじりまんぽからほど近くにある老舗洋菓子店へ寄った。わたしはそのお店に漂う “古き良き洋菓子店”感 がとても好きだ。とっておきの時はそのお店でケーキを買うことにしている。

アメトーークの〇〇芸人風に言えば、わたしは老舗大好き芸人だ。和菓子といえば虎屋だし、神保町の純喫茶 ラドリオなんかもう毎日でも通いたいし、結婚式だって地元の老舗料亭でしめやかにやったのだ。老舗って、単純に長い歴史がある=信頼感にも繋がるし、店員さんの良い意味で着飾っていない自然体なところが一番惹かれるポイントなのかもしれない。昔から長いこと変わらず着ているであろうユニフォームやエプロンがまたたまらないのである。さぼうる2の店員さんがポマードで髪を固めてる感じとか。

 

 

そう、それで今回は勇気を出していちごのショートケーキに手を伸ばしてみた。

THE・ショートケーキ。ショートケーキを食べるのは、確か去年の誕生日ぶりだと思う。でも、自分からいちごのショートケーキを選んだのは実に何年ぶりのことだろうか。

 

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突然だが、ここでわたしの高校時代にタイムリープしよう。

わたしが高校生だった頃はちょうど前略プロフィールの全盛期で、もちろん私も自分のプロフを持っていた。前略プロフィールに加え、リアルタイム (いまでいうTwitterのような今現在の気持ちを呟くページ)と自作ポエムだけを載せるページを作り、リンクに貼っていた。ゲストブックにたまに寄せられるポエムへの感想ににやにやしながら返信を書いていた。ただの茶化しだったのかもしれないが、反応してくれることが嬉しかった。

 

もちろんスマホなどなく、使っていたのはガラケーだった。当時付き合っていた野球部の先輩から届くメールの着信だけ、ライトがレインボーに点滅するように設定していた。暗闇で携帯がレインボーに光るとき、ワクワクしたあの瞬間。いまだってあのきゅーっとなる気持ちを思い出せるよ。エモい。エモすぎて苦しくて震えるね。

そんでもって、いまでこそタコスや餃子、カップケーキなど、携帯で使える絵文字のバリエーションは増えたけれど、わたしがまだティーンエイジャーの頃にはその数はもっと少なかった。

 

 

高校に入学すると同時に、わたしは陸上部に入ることになる。同期(女)はマネージャーを入れて10人。いまでは友人を越えて家族のような存在だ。面と向かって悪口も言える。たまに、本当にムカついてちょっと距離を置く時期もあるけれど、気付いたらまた会いたくなるから不思議だ。そのうちの2人は悲しきに疎遠になったが、まあ人生にはそういうこともある。

 

入部からしばらくして、マネージャー(アニメ/漫画オタク)が手馴れた手つきで部活用のホームページを作ってくれた。プロフィールのページには、それぞれの前略プロフに飛べるようリンクが貼ってある。各々絵文字がアイコンとして当てはめられており、他のメンバーが口紅や犬、猫、チューリップ、太陽などが充てがわれるなか、わたしに振り当てられたのはいちごのショートケーキだった。みんなの入部当初のイメージで決められたものだった。

 

 

 

わたしは下の名前がとある有名な漫画の女の子のキャラクターと同じなので、小学校に入ると自然とそのキャラクターの名前 シルコちゃん(仮) と呼ばれるようになった。身バレに繋がると怖いので、ここはオブラートに包ませていただく。

小さい頃はセーラームーンが大好きだったし、スカートしか履かなかった。幼稚園でおもらしした時にミッキーみたいな黄色い短いズボンを履かされたことは、かなり屈辱的だったのでよく覚えている。スケッチブックに女の子の絵を描くときは、必ずハイヒールやレースアップシューズを履かせていたし、キャラクターと同じその可愛いあだ名で呼ばれることを純粋に喜んでいた。母親がロシア人のような顔立ちをしているおかげか小さい頃のわたしは本当にお人形さんのようで、低学年のときには高学年の先輩たちがぞろぞろわたしを見にくるくらいにチヤホヤされ、「可愛い」と言われ慣れていた。

 

 

しかし、高学年になってくると「男子に負けたくない」欲が急激にどくどく溢れてくる。学級討論会でもテストでも、50メートル走だって、ライバルは男子だった。気付けば「可愛い」より「格好いい」女の子になりたいと思うようになった。中学では、とにかく何でもいいから強くなりたい!という安直な理由から柔道部に入った。武道を身につけていたら男子には舐められないだろう、と。わたしの予想は的中した。全校集会で何度か賞状を壇上で貰うことにより、さらに圧を強めることができた。一応黒帯も持っているし、170cmくらいの男の人だったら一本背負いで投げられる自信がある。 乱取りで後輩の頭が頰に直撃し、大きな青あざを作ったときも、勲章を作ったような誇らしげな気持ちで同級生にそのあざを見せまくった。わたしは着々と「強くて格好いい女」になってきたつもりだった。

 

  

でも、高校に入って、わたしに充てがわれたのはショートケーキのアイコンだった。

まだまだだった。強くて格好いい女にショートケーキがあてがわれる訳がない。いちごの乗ったケーキなんぞ、可愛い女の子の代名詞みたいなもんじゃないか。わたしは、フリフリなレースも、音符マークやいちご柄も、ピンク色だって好きじゃない。

 

わたしにとっていちごのショートケーキは、いつしか自分のコンプレックスを表すアイコンになってしまったのだ。だから、超意識的にショートケーキを避けてきた。単純に辛党なので、甘ったるいクリームの乗ったケーキを食べる機会自体が減ってしまったが、ケーキを食べる必要があるときは、ショートケーキじゃない上にほとんど何も乗っていないチーズケーキやシンプルなロールケーキをわざと選ぶようにしていた。

 

 

 

初対面でのイメージと実際に仲良くなってからのギャップが激しいことは、あるときからわたしのコンプレックスになった。タレ目で背が低いせいか、どうしても相手に柔らかい印象を与えてしまう。第一印象で「フワフワしている」と形容されることが多いのが不満だった。部活の同期の男子には「オミソさんってでかい虫と遊んでるイメージだよね。一緒にブランコに乗ったりしてそう。」と言われた。そもそも、でかい虫ってなんやねん。彼の言いたいのは不思議な国のアリスとか、多分そういうことなんだろうけど、説明が雑すぎるわ。残念ながら、そういうメルヘンな雰囲気を醸し出していたのだろうと思う。

 

 

大学生になり、自分の好きな髪型・青文字系のファッションをすると、美容師かアパレルの店員さんみたいとよく言われるようになった。

二十歳の頃、東京近郊の大学生10人くらいと一緒に東南アジアへ2週間旅をした。事前に高田馬場で1度顔合わせをしただけであとは現地集合、ほとんどが初対面だった。旅行が終わり、facebookのグループページで他己分析をし合う。めちゃめちゃ意識の高い大学生がやるやつだ。いまでは自分が本当にそんなに意識高い高〜い大学生だったとは信じがたい。恐ろしい。これぞ黒歴史。旅行中にそれほど深く関わらなかったメンバーには、やっぱり「フワフワしてる」イメージだと言われ、大層がっかりした。けれど、旅行中に話をする機会の多かったある先輩は「全然フワフワしてない。はっきりとした自分の主張を持ってる子。」と形容してくれた。唯一の救いだった。

 

 

 

それから、赤毛のボブもベリーショートにばっさり切り、色を黒く染め、着回しが効くようファストファッションの店でズボンを複数買い足し、ワンピースやスカートの類の服を一切着なくなった。友人が「花見の合コンの頭数が足りないから参加して〜」と懇願してきたときは、私を合コン用の女として扱わないでくれ、というか寧ろ可愛い女の子を求めてる男性陣に申し訳ないから〜と思った。

 

それは自分にとって、人生のうちに何度か経験せねばならないアイデンティティの危機だった。いま思い出してもあのときは自分らしく生きられない、しんどい時期だったし、自分自身かなり迷走していた。その危機は1年以上続いた。

 

 

ある時、よく話すようになったゼミの同期から「オミソちゃんって、いっつも堂々としてて格好いいよね。前から羨ましいなって尊敬してた。」と突然言われた。びっくりした。わたし、ちゃんと自分のこうありたいイメージと周りからの印象、一致していたんだとハッとした。そして、ちゃんと見てくれている人は「自分がこうありたい」と思う印象をきちんと持ってくれていることに気付いた。教育実習で母校に行ったとき、高校生の頃からずっとお世話になっていた保健室の先生にも、「あんた貫禄ありすぎて、一人だけベテラン教員みたいだったよ。」と笑って言われた。それがわたしは何だかすごく嬉しかった。

 

 

たとえ、第一印象が本来の自分とイコールじゃなくても、わかる人にはわかってもらえるという事実が存在すれば何も問題がなかったのだ。そしていつからか、ずっとショートを保っていた髪型も、自然と長くなり、大学を卒業する頃にはロングになっていた。

 

 

わたしがいちごのショートケーキを故意的に避ける理由はもうなくなった。

ショーケースにたくさん並んだケーキを眺めたら、いちごのショートケーキが一番輝いて見えた。久しぶりに自分で選んで買ったショートケーキは、いちごが甘酸っぱくてとても美味しかった。

 

写真:筆者撮影(iPhone6