兄はどこにも居ない

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わたしにはひとりの姉がいる。いつぞやの記事でお披露目した、アホだけど愛すべき姉だ。言い換えれば姉妹しかいない。だから、男兄弟、特に兄が欲しかった。結局ないものねだりで、男兄弟しかいなければ姉が欲しかったと言っているのが目に見えるようだけれど。中学生の時に隣町のシネコンまで観に行った『涙そうそう』で、長澤まさみが兄の妻夫木聡のことを「にーにー」と呼ぶのに強い憧れを持った。

 

 

女きょうだいだけしか居ないはずなのに、実家に住んでいた頃は姉と殴り合いの喧嘩をよくしては身体中にあざを作っていた。元々は二人で使っていた子供部屋のドアに、喧嘩で大きな穴を開けてしまって、これ以上二人を同じ部屋にすべきでないという親の判断で、わたしだけ隣の空いていた部屋に移ることになった。姉がわたしの倍以上の大きさの部屋を独り占めしていたことや、一緒に買ったはずのMDコンポが向こうの部屋にあったことは、未だに納得がいっていない。とにかく、私たち姉妹は、お互いに男兄弟と育ったかのごとく強く育った。

 

 

でも現実に兄はいない。弟だっていない。

たまに、架空の自分の兄を想像してみる。ガタイが良くて、筋肉隆々で、総合格闘技やプロレスをやっているかもしれない。はたまた、チタンでできた細いフレームの眼鏡をかけるような、真面目で、研究職に就くような寡黙な兄かもしれない。どんな雰囲気であろうとも、おそらく私たち姉妹のことを可愛がってくれるだろう。もしかしたら、姉とは喧嘩が絶えないかもしれないが、きっと末っ子のわたしのことは存分に溺愛してくれるだろうなと妄想を膨らませる。

 

 

兄がいたら、父とはきっと激しい大喧嘩をするのだろう。そのときは、殴り合いになって私たち姉妹や母はいたく心配をするはずだ。いつも言いたい放題の父は、兄がいたら少しは縮こまるのかもしれない。いままでしてきたような激しい兄弟喧嘩を、わたしたち姉妹はすることはないかもしれない。兄は、高校を卒業したら、きっと実家を飛び出して、手堅く国公立の大学に進学するだろう。そんな兄を頼って私たち姉妹も実家を出るのが容易に想像できる。

 

 

世の中には色んな家庭環境があるが、子供がいる・いない、産まれた子供が男か・女かでかなりの環境が変わってくると思う。わたしに兄がいたとしたら、全然違う人生になっていたんだろう。ありもしなかった人生を想像してみる。夢を見るのはタダだ。

 

 

ここ数年間、わたしの家族の中ではごたごたが続いている。最後に家族全員が揃ってちゃんとご飯を食べたり、出掛けたりしたのはいつだろうか。いつも誰かしらが欠けている。もしかすると、最後は伯父の葬儀の時だった可能性すらある。わたしは新幹線で葬儀の行われる横浜まで駆けつけ、駅前のホテルに到着した家族と合流して、遅いお昼を食べに、駐車場の広い近くの寿司チェーン店へ向かった。こんなにも楽しくない、気まずい回転寿司が他にあるのだろうか……というくらいに雰囲気の悪い食事だった。姉と父の関係が最悪な状況で、寿司を注文するための会話をするのもままならない。合流する直前に喫茶店でサンドウィッチを食べていたわたしは、タッチパネルを抱えて、3人分の注文を取りまとめ、注文し、寿司の到着をアナウンスする役を率先して行っていた。

 

 

それもきっと、兄がいたら起こる可能性の低かったことばかりだ。父は、誰かにどうにかして家を継いでもらいたい、何としてでも名前を残したいという思いが強い。この世には、望んでも思い通りにならないことはいくらでもあるのに。自分以外の誰かの意思を曲げようとすることだけは認められてはいけないと思う。愛すべきアホな姉は、父の持ち掛けたお見合いの話を一刀両断して、南国生まれののほほんとした彼氏との結婚をなんとしてでも認めてもらおうと数年間奮闘している。わたしも含め、うちの家族はみんな頑固だから拮抗するのは仕方のないことだと思うが、それにしてもひどい状況だ。

 

 

どうしてこんなにも強く跡取りを欲している家に神様は姉妹を授けてくれたのだろうか。人間は平等だとか神様は乗り越えられる試練しか与えないというのはただのまやかしだよな、とつくづく思う。乗り越えられる試練しか与えないのならば、ブラック企業の劣悪な労働環境を苦に自殺することなどないだろう。かと言って、兄がいたらそれで全部解決、というわけでないことも分かっている。兄がいたとして、結婚する・しないは自由だし、男性のパートナーを持つことも、性転換をしたいと思う可能性だって大いにある。そしてその意思は、否定されることなく認められるべきだと思う。

 

 

いま、こんな記事をつらつらと書いていたら、JBLのスピーカーから『東京ららばい』が流れてきた。

 

夢がない明日がない人生はもどれない

東京ララバイ あなたもついてない

だからお互いないものねだりの子守唄

 

なんだか今の気分にぴったりの歌詞だ。どんなに望んだって変えられないものは変えられない。どこにも兄はいない。わたしはただ家族揃ってご飯が食べたいだけなのに。

 

写真:R OによるPixabayからの画像 

東京ららばい

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  • 謡曲
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