要らない荷物は全部、2020年に置いていく。

長かった2020年もやっと終わる。例年気合を入れて頑張っていたお節作りは、もう頑張らないことにした。目標を立てて頑張ることを増やすのではなくて、無理に頑張らなくていいことを少しずつ減らしていきたい。要らない荷物は全部、2020年に置いていく。古紙も缶もペットボトルも捨てたので、あとは心の大掃除を残すのみだ。

 

昨年の10月にこんなブログを書いた。タイトルにある通り、わたしは15年来、つまり中学時代からの親友Kと距離を置く決心をした。年が変わってしまう前に、Kとのその後や人間関係に対する気持ちの変化についてまとめておこうと思う。

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 結論から言うと、Kとはこの一年連絡を取らなかった。

距離を置く方法は色々あるのだろうけれど、わたしに考えられたのは「相手からの連絡に素っ気なく対応して誘いをやんわり断り続ける」と「距離を置くことを相手に表明する」の二択だった。わたしは後者を選び、その手段として手紙を送ることにした。どうでもいい相手になら確実にダメージの少ない前者をとったが、後者を選んだのはわたしがKを大事に思っていたからだ。

 

そもそも、Kと距離を置こうと決めた理由は大きく分けてふたつある。

ひとつは親友というポジションを強要されることだった。

わたしは自分の結婚式には友人は誰も呼ばない・親族だけで簡単に済ませたいと決めていた。でもKは式に参加することを「あなたの結婚式には行くと前からずっと決めていたから」と強い意志で食い下がらなかった。その気持ちに屈して、Kだけを特別に招待することになった。振袖を着て式に参列したKは上機嫌だったが、わざわざ予定を開けて観にきてくれた他の友人たちと正式に式に招待されたKに序列をつけたみたいで、ずっと罪悪感があった。

 

Kのことを親友と呼んでおきながらも、ずっとその肩書きにもやもやしていた。親友と呼ばずとも、自分にとって大事な友人は彼女以外にだっている。でもKは、K自身がわたしにとって1番の存在であることにこだわり続けていた気がする。「わたしって普段人に心を開かないけど、あなただけは特別な存在なの」というKの一言に、南京錠をはめられるような気持ちを覚えた。

 

距離を置くと決めたもうひとつの理由は、人の価値観を否定したり強要することだった。

わたしも親友も、中学を卒業してから全く別々の人生を過ごしてきた。家族構成や性格は似ていても、趣味も服装も好きな人の好みも全く違う。

 

Kは父親の強い反対で、美容系の専門学校への進学を断念し、高校を卒業してからずっと百貨店で働いている。高校生になってから一時疎遠になったが、わたしが浪人生をしている時に偶然再会して、これまでずっと関係が続いていた。気付けばKは、自分が選ぶしかなかった人生を自分に納得させるために、自分の選べなかった選択肢を否定することに躍起になっているように見えた。自分を肯定するために、自分と違う人生を過ごしている人を否定することが増えていった。わたしと社会人生活の長さを比べて、常に自分が上であることを主張したがった。

 

ふたりでテーマパークに行った時、わたしはアトラクションやキャラクターの題材になっている映画を知らなかった。観ようと思わなかったのは、単純に興味がなかったからだ。親友の反応は「これも観てないの?あれも知らないの?」だった。ああ、多分目の前のこの人は、自分が経験したことが全てなのだと思った。きっと彼女は、自分にとっての当たり前と人にとっての当たり前が違うことを、考えたり想像したりしないのだろう。

 

このふたつが決定打になって、 Kの言動の何もかもが目につくようになってしまった。「わたしは良いものを知っている」と口々に言う割に、ホテルのロビーに置いてあるアメニティをごっそりと持ち帰るところ。年下であっても嫌なのに、初対面の明らかに年上の店員さんにタメ口であれこれ指図をするところ。

 

人間関係にも、食品と同じでおそらく消費期限がある。Kとの関係には限りなく消費期限が近づいていた。ダメになるのは時間の問題だった。消費期限の近づいたものをできるだけ長く保たせる方法はただひとつ、冷凍保存だ。肉や魚は小分けにしてラップに包みジッパーバッグに入れれば冷凍焼けが限りなく防げるし、クロワッサンに至っては冷凍した方が焼いたときに水分が抜けてサクッとした食感が蘇ったりする。もちろん、解凍したときにすでにダメになっている可能性もある。でも少しの希望を抱いて、Kとの関係を冷凍保存することにした。

 

わたしはKに、「友達にこんなことを言うのは変かもしれないけれど、距離を置かせて欲しい」と手紙を書いた。一緒にいるのがしんどくなってしまったこと、仕事を頑張っているあなたを尊敬していること、あなたを否定したいわけじゃないこと、このままだと一方的に連絡を拒否することになってしまいかねないこと。これらを何度も言葉を選びながら、無印の茶色い便箋に何度も書き直して送った。

 

それは昨年末のことだったが、向こうから手紙の返信は来ていないし、LINEのメッセージもこない。お互いの誕生日にメッセージを送り合うこともなく、丸一年が過ぎた。

わたしの決断や行動は間違っていたのだろうか。自分から一方的に手紙を送りつけておいて、勝手に胸が痛んだ。高校時代、自分で関係を終わらせておきながら悩んでいたときに友達に言われた、「苦しんでいいのは言われた方だけでしょ」という一言がちくりちくりと心に刺さった。

でもこの一年をかけて、ようやく自分の中でKとの関係を終わらせられたような気がする。

 

 

単純に、わたしは恩を返すことを必要以上に頑張りすぎていたのだと思う。

10代の頃に武道をやっていたことが影響しているのか、心の中に武士が住み着いている。この世で大事なのは義理人情だと解くのだ。いただいた恩は返さなければならない。だからどんなに些細でもしてもらったことは忘れず、同じかそれ以上の恩を返すつもりで生きてきた。一度恩を貰った人を裏切るようなことは出来ないと思っていた。その考えがいつの間にか自分を苦しめていたことにようやく気付いたのだ。

 

わたしは恩を大事にしすぎるのを辞めることにした。 

この一年を振り返ると、K以外にも何人かの友人と微妙な関係になった。でもそれは、わたしも友人もそれぞれ、優先順位が変わっただけでしかないのだとわかった。家族、仕事、新しい人間関係、自分磨き。みんな住んでいる場所も働いている環境も、交友関係も全部違うのだから仕方がない。いいねと思った時にだけいいねする。会いたい人にだけ会いたいと言う。

恩を返すことだけを人と繋がる理由にするのはもうやめにする。

 

うまい締めを考えたかったけど、全然思いつかないので2020年は早く終わらせることにする。

本年、関わってくださった方々、どうもありがとうございました。2021年の新しい交友関係に希望を抱きながらこれから蟹を食べることとします。良いお年を。