大室山でギャルピース

これは11月11日から、文学フリマに合わせて東京や地元の水戸、その他関東近辺を旅した際の記録です。前記事はこちら。

墓参り、江ノ島の夕日 - ぬか漬けは一日にしてならず

旅最終日。最後の目的地は伊東にある大室山。大学二年生の時、高校時代の友人たちと伊豆と伊東を旅した時に一度だけ訪れた場所である。大室山は木が生い茂っているような山ではなく、頂上にすり鉢のような形をした噴火口がある火山で、イメージするならば草木に覆われたコンパクトな富士山というところだろうか。

 

当時はあまり山自体への興味がなかったこともあり、リフトで頂上に登っただけで噴火口の周りを歩かずに帰ってしまった。一周したらどんな景色が見れていたのだろうというのが心残りだった。

 

旅の話からは逸れるが、この旅に出るきっかけになったのは今年適応障害になったことだった。ストレス要因が重なり、眠れなくなり、物忘れや不注意が増え、身体が動かなくなった。これまでずっと蓋をしてきた昔の記憶も溢れ出し、それがさらに自分を苦しめた。使い古したバッテリーを、充電しては電池がすぐに切れ、また充電してを繰り返しているような感覚だった。

 

配偶者が大事な試験を控えていて、家の中にピリピリした雰囲気が数ヶ月にもわたって充満していることがさらに追い打ちをかけた。これ以上我慢すると自分が崩壊してしまうなと感じて、半ば飛び出すような形で出た旅だった。

 

やりたいことはたくさんあるけれど、もうどれを叶えられるかは分からない。もしかしたら些細なきっかけでこの世を旅立つかもしれない。だとしたら、その前に誰に会ってどこに行っておきたいかなと思ったとき、この旅程が思い浮かんだ。この人たちに会ったら、この景色を見たらもういいかな、と旅に出る前には思っていた。

 

そして、旅の目的地に大室山を選んだのにはまたひとつ理由がある。大室山にはリフトの頂上手前に記念写真のフォトスポットがあり、必ずシャッターが切られる。前回は、この日の数日前にバーミヤンで談笑した友人のMとともに写真に映り、千円ちょっとする写真を思い出として買って帰ったのだった。

 

どうせなら、大室山のリフトに一人で乗ってギャルピースで写真に映ってやろうじゃないかと急に思い立った。それだけを動機に火山に向かうのもなんか面白くて良いじゃないかとワクワクし始めた。

 

 

藤沢から熱海へ、熱海から伊豆高原駅へ行き、路線バスに乗り換える。電車もバスも本数が少ない分待ち時間が長い。こういう余白を現代人はすっかり失ってしまったなと思う。バスの車内から眺める伊豆高原の町並みは、どことなく那須に雰囲気が似ている気がした。

 

大室山に到着。大きな鳥居が出迎えてくれる。

f:id:uminekoblues:20231230222227j:image

いざ、リフトへ。そういえば、登山口みたいなものは見当たらないな、徒歩ではどう登るんだろうと疑問に思っていたが、大室山は山体保護のために今はリフト以外では登れないらしい。

f:id:uminekoblues:20231230230004j:image

対向はほとんどお客さんがのっていない、このまま進めばカメラの向こうのスタッフ以外に見られずにすんなり撮れるかもしれない……と期待するのも束の間、どんどん乗客が乗り込んでくるではないか。

f:id:uminekoblues:20231230230001j:image

フォトスポットが近づくと、ここまできたのに無理かもしれない……と羞恥心でめげそうになったが、わたしの前を一人で乗っていたおばさまが、カメラには一瞥もくれず、撮影スタッフの声をフルシカトして通り過ぎたのが衝撃的で返って覚悟を決めた。

 

ついにわたしの番、カメラの向こうにいるスタッフの声がポーズを促す。わたしはリフト全体を活用して、両腕を大きく広がて全力でカメラに向かって笑顔でギャルピースを決めた。対向にもがっつり人が乗っていたのに、何故だか1ミリも恥ずかしくなかった。我ながらかっこよかったと思う。

 

しかし、頂上につき、蛍光緑のジャンパーを羽織った撮影スタッフが写真の購入を勧めてきた途端、そこにギャルピースをしている自分が映った写真があるのかと思うと、急に羞恥心が追いついてきて、手刀を出して逃げるように断りを入れた。

 

念願の大室山山頂。残念ながら曇り空だったが、なんとか持ち堪えてくれて雨に降られずに済んだ。雲が出ているのも相まって天空のような雰囲気がある。

f:id:uminekoblues:20231230230926j:image

火山口を約半周した場所からの景色。中央の窪みはアーチェリー場になっていて、ちょうど売店で体験の申し込みをしている人がいた。

f:id:uminekoblues:20231230231155j:image

f:id:uminekoblues:20231230233012j:image

大室山に登って、ギャルピースを実行できただけでなく、大きな収穫がもうひとつあった。

 

わたしは今まで人生の目的地は一箇所だけだと思っていた。わたしは目的地に真っ直ぐにも進めず、遠回りしているうちに、そもそも目的地自体がどこかわからなくなってしまった人間だ。それまで、どこを歩いているかもわからないわたしの人生は失敗なのだとすら考えていた。

 

見ようと思って来たわけではないが、江ノ島からも大室山からも富士山を望むことができた。仮に富士山が目的地だった場合、そこに登ることは出来なかったとしても、富士山の見えるまた別の山に登ることはできるかもしれない。それは一箇所ではなくて、色んなところにあって、登っているつもりがなくても辿り着いているのかもしれない。富士山に登ることだけがゴールではない。そう考えたら、これまで自分が歩いてきた道も前よりは肯定できるような気がした。

 

大室山を後にし、伊東駅へ戻ると、次の電車までの待ち時間に石舟庵さんで購入した塩豆大福を食べ、小田原で足湯に入ってから帰路についた。

f:id:uminekoblues:20231231165448j:image

帰り道は想像以上に足取りが軽かった。友人にも最後に会っておこうではなくて、次また会える日が楽しみになったし、見てみたい景色がどんどん思い浮かんだ。やりたいことも、やらなくてはならないこともわたしにはまだまだある。どんな薬よりも、旅こそがわたしにとっては特効薬なのだと思う。